ファイナンス 2024年7月号 No.704
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*17) 岡田英弘、2021、p188‐89*18) 日本の封建制では、天皇と諸侯は対立概念ではなく統合されていた(「『幕府』とは何か」東島誠、NHK出版、2023、p306)。*19) 佐藤信弥、2024、p198*20) 台湾を統治している中華民国政権も、かつては大陸反攻による中国の統一を唱えていたが、1990年代の初めに武力による統一を正式に放棄した*21) 毛沢東は、「革命は銃口から生まれる」としていた。政権は銃口ではなく投票用紙から生まれると訴えた民主化の活動家は国家政権転覆罪で懲役14年*22) 大澤真幸、2016、p76、p78*23) 満州を東北3県と呼び、かつての満州国を「偽満州国」としているのも前王朝の否定の例と考えることが出来る*24) 宮脇淳子、2019、p121*25) 岡田英弘、2021、p91−93。今日、「ぷーさん」と表現しただけで、習近平批判ではないかとしてネットから削除されるのも、その感覚であろう。*26) 文芸春秋、本郷恵子、2023.1、p525*27) 大澤真幸、2016、p123とされた(読売新聞オンライン、2023.4.10)そのように大変な作業だったことがあったという。日本のように、寺子屋でちょっと学べば、簡単な文章なら読み書きできるといったものではなかったのだ*17。中国における天命思想を確立したのも、中原を統一した秦の始皇帝だった。始皇帝は、それまで諸侯が統治を「私」していた周の時代以来の封建制を否定して、皇帝だけが統治を「私」する仕組として天命思想を確立した*18。それは、天命を受けることによって天に代わってただ一人の皇帝がこの世を支配するという「人知の仕組み」だった。始皇帝は、それまで諸侯が使っていた王号の上に皇帝号を導入し、世襲を前提としていた諸侯の地方統治に代えて、皇帝の任命した官吏による地方統治を導入した(郡県制)。そして、そのような官吏による統一的な地方統治のために各地方でバラバラだった度量衡や文字、貨幣の統一などを行った*19。そのように天下を支配する皇帝に、周辺諸民族は朝貢し、その見返りに冊封されることとされた。朝鮮半島から貢物とされた女性は「貢女」と呼ばれたが、日本からも卑弥呼が「生口」(奴隷)を魏に献じたと魏志倭人伝に記されている。天命思想歴代王朝の支配の道具となったのが儒教だったが、王朝の支配のそもそもの根拠とされたのは「天命思想」だった。天命思想とは、天(森羅万象)を司る天帝から天命を受けた皇帝が徳をもって天下を統治するというものである。「美」という漢字は、生贄の羊が大きいさまをあらわしているが、天を司る天帝には生贄がささげられた。それは、一神教の世界である旧約聖書において天地の創造主である神に生贄が捧げられているのに通じるものだ。この世を統治する支配者には生贄が捧げられるのである。多神教の日本にはない思想といえよう。始皇帝が天命を受けたとした背景には、中国の歴史において初めて中原を統一したことがあった。そこから、天命を受けたとするためには中国を統一することが必要だという思想が生まれた。今日、中国共産党が台湾を含む中国の統一が中国の核心的利益だと言っている背景にあるのがこの思想といえよう*20。始皇帝が統一したかつての中原は、今日の中国の領域に比べると極めて限られた領域であったが、それにしても対抗勢力がある中でそれらの領域を統一するためには、強力な軍事力が必要だった*21。それは徳で統治をするという「天命思想」の建前に反するものだった。そこで、中国の歴史上、皇帝たらんとするものは軍事的な勝利の直後に、大急ぎで武器を捨て、自分が根っからの「文人」であったかのように振る舞わなくてはならなかった*22。天命を受けたというためには、前の王朝は徳がなかったので滅んだのだとして否定して*23、徳のある新たな王朝の歴史を創り出さなければならなかったのである*24。それによって現王朝に反抗するものをことごとく悪として切捨てたのである*25。それにしても、強力な軍事力をもって前王朝を倒しておきながら、そんなことを言うのには無理があった。そのことを指摘したのが江戸時代の山鹿素行の「中朝事実」で、山鹿素行は中国よりも日本の方がよほど儒教の教えに則っているとした。日本では、実権を握った武士たちも、天皇制を廃止して全く別の新たな王朝を創り出すようなことはしなかったのである*26。それは、日本では武士が天皇の権威を借りることによって、徳をもって治めると言わなくても統治の主体になれたからだったとされている*27。天命思想の下では、王朝が交代するのは徳がなくなって天命が失われるからだとされた。「易姓革命」である。世の中が乱れることが、天命を失ったことを示すということで、農民反乱などがそのきっかけとさ 16 ファイナンス 2024 Jul.

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