ファイナンス 2024年6月号 No.703
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評論家として活躍する著者には、財総研トップセミナーに登壇をお願いしたところ快諾頂き、先ごろ発刊された『教養としての文明論~「もう西洋化しない」世界を見通す』(呉座勇一氏との共著、ビジネス社)の一部を4月9日開催のセミナーで先行紹介してもらう貴重な機会を得た。本書と『ボードゲームで社会が変わる』〔河出新書、月刊コロンブス2024年2月号(東方通信社)拙稿「読書の時間」にて紹介〕の刊行を記念して、A4で1枚裏表の「與那覇潤 全自作解題 2009-2023」が付録とされた。その中で、著者は、「彼ら彼女ら(評者注:「日本はオワコン」と口癖のように言い、露悪趣味のCMを言論界で流す人々)が売り歩く言論ドラッグに依存しないと、今日を乗り切れないほど、絶望的な自己卑下に漬かってしまった社会に、違う道を示したい」とする。そして、本書について、「遠い昔に書かれたホンモノの書物から、いまを生きるヒントを読みだせるなら、当世のニセモノに課金する必要はないことを論じた」とし、「明日からひとりでも真似してもらえる、個人編」と位置付ける。「1945年にも、2011年にも、日本はオワコンになった。だけどそのとき人々が求めたのは、窮状に便乗して読者の自尊心を買いたたく卑しい言論じゃなかった。その初心をもう一度、取り戻したい。だから今回の2冊は、ぼく(たち)にとって『復初の説』だ」と宣言する。共著を含め16作目に位置づけられる本書について「コロナウィルス禍やウクライナ戦争が『仮に』未曾有の危機だとしても、専門家にお任せするのは単なる思考停止。というか、もし『本当に』前例のない危機なら、そもそも専門家も答えを知らないはず。旧約聖書から村上春樹まで、誰もがひとりで読める作品から、自分の頭で考えるためのヒントを探ります。対談・座談会4編も収録」と自ら解題している。構成は、序 「専門家」にさよならをー中井久夫『分裂病と人類』ほか、第一部 疫病と戦火の時代に、第二部 読書が自分をつくる、第三部 書物がつなぐ対話、結 「未来」を売る季節のおわり―三島由紀夫『青の時代』、あとがき、である。「序」は3つの節からなる。検索という病、徴候をめぐる病、因果の病とつきあう、である。「検索」の蔓延による「歴史」的なものの考え方の死、瞬間的な情動に即して過去を再構成する営みが私たちの脳裏に沁みとおった結果の惨状、そして、今後求められるのは、迷信やデマを罵倒して科学を振りかざす「異端審問」ではなく、誰もがそれぞれに固有の偏りを抱きながら生きることを認めあう「宗教的寛容」のモデルだとする。第一部では、様々な古典の深い理解をもとに、コロナ禍の社会を冷静に読み解く試みを行う。特に、ターンブル『食うものをくれ』というエスノグラフィーとしての評価が分かれる「異貌の古典」について、それに注目した中井久夫、加藤典洋の所見を参照しながら、コロナ禍で露呈した我々の「稚拙な対応」を照らした考察の巧みさには脱帽した。また、第二部の「コロナ禍 酔いどれ天使」は、コロナ禍での著者の日常を重い話題ながら伸びやかな筆致で描く。古典との真剣勝負の中でホッとするともに、著者の文章の新たな魅力を見ることができる。第3部は、エマニュエル・トッド、苅部直、佐伯啓思・宇野常寛・先崎彰容、小泉悠の各氏との対談で、座談の名手の著者らしい味わい深いものになっている。評者としては、苅部氏との対談で、評者が敬愛する坂本多加雄の様々な評価のある行動についてのやりとりが心に刻まれた(160頁)。「結」も3つの節からなる。正義が滅びゆくとき、論理のビジネスモデル、現実は粗悪品じゃない、である。2010年代を実態とは無関係の「青写真」が高く売れる時代だとし、論理的な未来予測の暴走を見つめ、社会の成熟や自己省察の重要性を述べる。本書を通じて、著者は、「いつの時代もそう変わらなかったはずなので、かつて本気で思考した先人の書物にあたれば、必ずそこに本質が描かれているとする確信―過去に対する信頼(トラスト)と敬意(リスペクト)を持ち続けること」が「私たちの社会に『古典』を作る」(あとがき)という。書物の持つ力を改めてかみしめる。ぜひ、一読をお勧めする。而立書房 2023年11月 定価 本体1,800円+税FINANCE LIBRARY 38 ファイナンス 2024 Jun.與那覇 潤 著危機のいま古典をよむ評者渡部 晶

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