フィールド実験の普及で介入と効果の因果関係が重視されるようになった。ただRCTでは介入効果の平均しか計算できない。最近、因果性判定に長けるRCTと予測能力に長ける機械学習との融合で個人毎の介入効果を予測する新手法が提案され、社会厚生最大化を目的関数として介入を最適に割り当てようとする「ポリシー・ターゲティング」への応用が試みられている。ポリシー・ターゲティングに関する新研究テーマを温めていた著者を含む日本人研究者は2020年より環境省プロジェクトとして、中部・近畿地方を中心にした大規模なフィールド実験を通じて、節電リベートを一律にすべきか希望世帯に限定すべきかを「経験厚生最大化」と名付けた新理論で検証した。その成果を国際的学術誌に投稿中である。(日本人初の「アレ」の可能性)著者は昨年1月のインタビュー記事で個人毎の介入効果について「次の10年から20年以内には、ほぼ確実にこの分野にノーベル経済学賞が授与されることになると思います。」と発言した。この分野をリードする著者を含む日本人研究者に日本人初の「アレ」が授与される可能性は低くないと評者は期待を込める。離散選択分析伝統的な消費分析は複数の消費財から各々を一定量選択しうる消費行動(砂糖、塩から各々を何グラム消費するか)を分析するのに対して、離散選択分析は複数の消費財から一つしか選択できない消費行動(電車、バスのどちらで移動するか)を分析する。コンジョイント分析しばしば両立しない関係にある「品質」「価格」「意匠」等複数要素を組み合わせた(仮想的な)「商品全体」を消費者に評価してもらい、離散選択分析を用いて各要素が消費者の商品選択においてどの程度の影響力を有するかを調べる分析手法。RCTrandomized controlled trialの略。実験協力者を、介入を受ける介入群(treatment group)と介入を受けない対照群(control group)とに無作為に分け、各人の実験への協力姿勢等に由来するバイアスの影響を受けない介入効果を正確に測る分析手法。デフォルト話は変わるが、「債務不履行」も「初期設定」も意著者はまた、RCTを用いたフィールド実験は特別なプロジェクト化を要するので若手研究者が容易に実施できない、RCTを用いないで因果性を識別できる新しい分析手法の開発が求められるがそれがどのようなものか見当が付かないと述べる。評者も思い付きの域は出ないが、今注目の「圏論」が本件でも役立つと信じたい。(悔しいけど美味しい)本書に引き込まれるのは、経済学及び著者の裏事情も包み隠さないからだろうか。経済学以外の研究者は「経済学は何をしてきたのか。大事な第二外国語以外に削れる科目があるだろう。」と感じるかもしれない。著者も総務省プロジェクトについて、参考事例も少ない中での人生初のアンケート調査で質問票の表現も含め反省も多いと率直に認める。しかし、改良を重ねたアンケート調査と分析手法はGAFA等の市場支配力の判定にも使用されるまでに進化した。私事に亘るが、今後の発展が見込まれる実証経済学のツールを以て、様々な日本酒の中、個性ある生産者が醸す「あの日本酒」に限って「悔しいけど美味しい」と感じるメカニズムが解明される日も来るのだろうか。味する「デフォルト」に戸惑うのは評者だけだろうか。この機会に調べたら、原義は「(し)ないこと」だった。英和辞典も変遷し、80年代は「不履行」、90年代は「債務不履行」、近年は「初期設定」が代表的意味となっている。圏論20世紀に誕生した数学。「圏」は集合(ものの集まり)および集合の間の関係性からなるネットワークのうち、関係性(専門用語では「射」又は「矢」)が合成可能性など関数類似の条件を満たすもの。「圏論」は異なる圏の関係性同士、ネットワーク同士を比較し、異なる圏同士の異同等をあぶり出す。例えば正三角形の幾何学的な対称性と2の3乗根(3乗すると2になる数で実数1つ、複素数2つの合計3つ)の代数学的な対称性は数学的に同一であることが圏論で確認される。ある数学的対象に別の数学的対象を対応させる圏論的アプローチは、代数学・幾何学を跨いで数学の一体化を推進した。圏論は数学以外への応用も注目されている。ファイナンス 2024 Jun. 37
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