る*75。実は、文字というものは、筆画が多く複雑であるほど覚えやすく、見分けやすく、意味が分かりやすいという。簡単にすればするほど意味が分かりにくく、使いにくくなるという。日本語に同音異義語が多数あり、漢字かな交じり文という複雑なシステムになっているのに、古くから世界最高の識字率になったのは、そのおかげともいえよう。 *75) 鈴木孝夫、2014、p186*76) 「言語の力」ビオリカ・マリアン、KADOKAWA,2023,p48、p61−94,122−23、127―29、138―39*77) 岡田英弘、2021、p320*78) かつては、中国はそのような文献を外国人に自由に閲覧させていたが、最近は制限している。*79) 「中国農村の現在」田原史起、中公新書、2024,p82*80) 岡田英弘、2021、p148*81) 岡田英弘、2021、p282。ファイナンス 2024 Jun. 17日本語と日本人(第3回)漢字文化圏とは何か最後に、次回への予告編として、漢字文化圏の各民族の言語と相互のコミュニケーションについて見ておくこととしたい。漢字文化圏の各民族の言語は、それぞれ独自のもので、欧州の各言語のようにギリシャ語やヘブライ語といった祖先形(語源)をもっていなかった。英語やフランス語で多くの語彙が共通するといったように互いに影響し合うこともなかった。そのような中で、相互のコミュニケーションに漢字が用いられ、文化の交流も行われていた。漢字文化圏の各民族は、満州語、女真語、ウイグル語、朝鮮語、ベトナム語、福建語等々の独自の言語を持っていたが、王朝ちなみに、脳には複数のタスクを同時に実施する能力があるという。「言語の力」という本の中で、ビオリカ・マリアン氏が述べていることで、バイリンガルになるとその能力が増幅されるので、創造性が向上するという。それどころか、アルツハイマー病の罹患率が低くなり、また、他人が自分と違う信念を持っていることを子供のころからよく理解するようになるという。バイリンガルになることが脳に複数のタスクを同時に実行させることにつながり、より効率的なコントロールシステムを発達させるからだという*76。日本語における同音異義語の判別も、それと同じ働きをしていると考えるここができる。とすれば、そのような日本語は、日本人の創造性を向上させるとともに他者を尊重する文化をはぐくむ「言語の力」を持っているといえよう。日本が人口割の出版物数で世界最大を誇ってきたのも、そのような「言語の力」によるものだったといえそうである*77。の統治には漢字が用いられていた。例えば、清朝を建国した満州族の公文書は満州語だったが各地域の統治には漢字が用いられていた。東京大学の川島信教授によると、今日、中国の歴史学者で紫禁城に保存されている満州文字の清朝の公文書を読める人はほとんどいなくなっているという*78。それは、漢族の創ってきたこれまでの歴史書に描かれている各民族の歴史には、その一断面しか描かれてこなかったことを意味しているといえよう。漢字文化圏における異民族間のコミュニケーションの具体的な手段は漢字での筆談だった。漢族の間でも、北京語、上海語、広東語、福建語などはほとんど別系統の言語で、同系統の言語でも、一山超えた隣の地域に行くともう通じないというのが現状だった*79。そこで筆談でのコミュニケーションが行われていたのだ*80。わが国には、江戸時代に多くの中国の禅僧や儒学者がやってきて幕府の官吏たちと自由に意思疎通を行ったがそれに役立ったのも筆談だった。朝鮮通信使と町方の文化人たちの意思疎通でも同様のことだった。実は、日本国内でも薩摩藩と東北地方の諸藩では方言がまるで違っていたため漢文や候文による筆談での意思疎通が行われていた。江戸時代に武士階級で謡(うたい)が教養とされたのも、謡の言葉が共通のコミュニケーション・ツールになっていたからだとされているのである*81。次回は、東アジアにそのような漢字文化圏を創り出していった中国の漢字について見ていくこととしたい。
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