ファイナンス 2024 Jun. 11*6) 表意文字と表音文字の組み合わせは、かつてシュメール文字、エジプト文字、ヒッタイト文字などで行われていた(山口仲美、2023、p204−205)*7) 岡田英弘、2021、p299―308*8) 岡田英弘、2021、p283−90、295−99*9) 岡田英弘、2021、p325*10) 「我的日本語」リービ英雄、筑摩書房、2010、p200−202*11) イスラム建築で、コラーンのアラビア文字が装飾として用いられているのと同様*12) 「笑いの日本史」船橋晴雄、中央公論新社、2023,p76*13) 森鴎外は、文部省の臨時仮名遣調査委員会(1908年)で、安易な新仮名遣いの採用に反対した(「森鴎外」中島国彦、岩波新書、2022,p119)。*14) 山口仲美、2023、p206。「漢字が日本語になるまで」円満字二郎、ちくまQブックス、2022,p111−113日本語と日本人(第3回)を表現するようになり*6、第3段階で音訳漢字のすべてが1音節1漢字となるような万葉仮名が完成したのだ。そのようにして漢字を離れた、つまり意味のない漢字となった万葉仮名を読むのを聞いただけでわかる、漢語から独立した国語が成立したのだ*7。そんなことをした民族は、漢字文化圏の中で日本人だけだった。それを、1200年以上も前の日本人が成し遂げたのである。岡田英弘氏によれば、そのような万葉仮名の創られ方は今日のマレーシア語の創られ方に似ているという*8。戦後、マレーシアが独立した時、マレーに住む人々が共通に話す言語はなかった。マラヤの原住民はオーストロネシア系の言語を持っていたが、そこに、マレー語を話すマレー人が移住してきた。16世紀には、ポルトガル人が最初の華人を連れてきて、その後、英国が互いに言葉も宗教も違う広東、客家、潮州、海南の華僑を連れてきた。さらにドラヴィダ系のタミル語を話すインド人も連れてきた。そのように共通言語がなかった上に、いずれの言語にも近代的な事物を表現する語彙も、論理的な表現に適した文体もなかった。その状態で、マレー語の文法の基礎的な骨組みだけを残して、英語を基礎に新しいマレーシア語(バハサ・マレーシア)が創られていったのだという。それは、マレー語の皮をかぶった英語と言っていいものだった。当初の万葉集の歌が、漢文の一種だったというのと同じだ。万葉集が成立したころの日本には、マレーシアの英国人の代わりに漢人が入ってきており、日本語の皮をかぶった漢文から始まって万葉仮名が創り出されていったと考えればわかりやすい。そのようにして創られたマレーシア語は、まずは民族的な歌と踊りで普及していったという。ちなみに、近代ヨーロッパの言語も、先ずは古典のラテン語があってそれにおんぶして出来上がっていったとされている*9。そのようにして創り出された仮名の文化で今日忘れらてしまっているのが変体仮名の伝統である。仮名の「仮」の中国語の元の意味は「偽」だ。「仮病」にその痕跡が認められるが*10、「偽」のものゆえに新たに勝手に創り出しても誰にも文句を言われなかった。そこで、江戸時代までは様々な漢字からたくさんの変体仮名が創り出され、その数は322種類にも上ったという。変体仮名には、書きやすく、また美しく見えるようにということで様々な「くずし字」が工夫され、状況に応じて選択された。そのような変体仮名は、それ自体が美術品で、様々な工芸品に主役あるいはわき役として登場した*11。ちなみに「偽」である仮を面白がる日本の文化には、人間を動物に擬した鳥獣戯画や、秘所をそのものの寸法以上に大きく描いた枕絵なども含めることが出来よう*12。そのような自由な創意工夫として発展していた変体仮名が失われてしまったのは、明治33年に明治政府が学校教育で仮名を一種類に統一したからであった*13。それは「文明開化」の為に国民により効率的に文字を学ばせようと、漢字の字数を絞っていったのと同じ発想からのものだったが、日本文化がもっていた「ダイバーシティー」の多くを失わせてしまったうらみなしとしない。訓読みの導入仮名の発明に加えて、漢字の日本語化を推し進めたのが訓読みの導入だった。訓読みは、今日の日本人にとってはあまりにも当たり前で、その持つ意味が分からなくなってしまっているが、それは英語の“defense”を「ふせぐ」と読ませて日本語の中に取り込んでしまうというような奇想天外なことだった。訓読みの導入後、日本古来の和語も次々に漢字で表わされるようになり、さらには漢字を組み合わせたたくさんの和製漢語が誕生していった。例えば、「敷金」や「縁組」は和製漢語だ*14。万葉集では、「餓鬼」を「お餓鬼」「め餓鬼」というように和語の「おのこ(お)」と「めのこ(め)」に漢字(餓鬼)を合体するような用いられ方もしている。そのようにして、漢字がすっかり日本
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