ファイナンス 2024年6月号 No.703
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奈良県立大学、p52)*1) 「日本語が消滅する」山口仲美、幻冬舎、2023、p208―213*2) 山口仲美、2023、p230−31*3) 「文字の歴史 ヒエログリフから未来の『世界文字』まで」スティーブン・ロジャー・フィッシャー2005、研究社(Euro-NARASIA、2017.Sep,*4) 「漢字とは何か」藤原書店、岡田英弘、2021、p37。*5) 「朝鮮半島の歴史」新城道彦、新潮選書、2023,p43−44)。漢字を日本語化した日本日本語の豊かな言語空間になくてはならないものが漢字だ。漢字はすっかり日本語の一部になってしまっている。それは、日本人が様々な工夫を行うことによって漢字を日本語に取り込んできたからだ。日本人は、日本語にだけある助詞や助動詞、活用語尾、固有名詞などを表すために、漢字の意味を捨てた日本独自の万葉仮名を創り出し、それを「ひらがな」「カタカナ」に進化させていった*1。「ひらがな」は漢字を崩したものから、「カタカナ」は漢字の部首から創り出されたものだ。さらに、漢文に訓読みも導入していった。そのようにして、日本人は日本語の中に漢字を融通無碍に取り込んで、話し言葉と書き言葉が融合した豊かな表現方法を創り出していった*2。文字学者のスティーブン・ロジャー・フィッシャーは、漢字と2種類の仮名という3つの文字を使い分ける日本語は、おそらく現存の文字システムの中で最も複雑だとしているが*3、その日本語を使いこなしているのが日本人なのである。実は、漢字文化圏の中で漢字をそのように自国語化して使いこなすようになった国は日本だけだった*4。中国大陸に王朝を打ち立てた蒙古族や満州族、北方に王国を造った五胡十六国の各民族の中には独自の文字を持つ者もいて、彼らは自分たちの公文書には自らの文字を用い、統治のためには漢字を用いるといった使い分けを行っていたが、自らの文字に漢字を取り込んで自国語化するようなことはしなかった。日本に漢字をはじめ多くの中国大陸の文物を伝えた朝鮮半島では15世紀に独自の文字であるハングルを創り出したが、そこに漢字を取り込むことはせず、またそれを公文書に利用することもしなかった。ハングル(訓民正音)は、漢字が読めない庶民でも朱子学の漢籍を正しく発音できるようにしようとの考えから創り出されたものだったからだ。と言われても分かりにくいが、当時の朝鮮では、人間の発する音声は単なる音ではなく万物の真理が込められていると考えられていた。儒教を国教とした李氏朝鮮では、朱子学の漢籍を庶民にも正しく発音できるようにすることが、正しい政治だと考えられていた。そこで、民に正しい音を訓(おし)えるというので「訓民正音」と呼ばれるハングルを創り出したのだ。そこには朝鮮の言語をハングルで記述しようという意図は全くなく、公文書をはじめとした全ての文章は、それまでと同様に漢文のままだったのである*5。仮名の誕生わが国の万葉仮名は、一朝一夕で誕生したわけではない。まずは、表意文字である漢字を下敷きに、その一語一語に意味が対応する倭語を探し出してきて置き換える、対応する倭語が無ければ倭語らしい言葉を考案して、それに漢語と同じ意味を無理やり持たせるといった作業が行われた。初期の万葉集では、倭語の単語を意訳した漢字を、倭語の語順に従って並べるだけで、語尾の変化を音訳漢字(意味のない漢字)で送ったりもしていなかった。それは漢文の一種と言ってもよいものだった。それが、第2段階では、音訳漢字が登場して意味のある漢字(意訳漢字)と意味のない漢字(音訳漢字)の組み合わせによって動詞の変化語尾 10 ファイナンス 2024 Jun.国家公務員共済組合連合会 理事長 松元 崇日本語と日本人(第3回)―漢字の日本語への取り込み―

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