ファイナンス 2024年5月号 No.702
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「はしがき」に「本書は、一九七〇年公表の、筆者の人権論の原点というべき「Ⅱ プライバシーの擁護」は別として、主にこの四、五年の間に公表した論文・講演録などに、筆者の主張の基本にかかわる書き下ろしの補論などを加えて、まとめたもの」とある。佐藤幸治・京都大学名誉教授の著作については、本誌ライブラリーの2015年11月号で『世界史の中の日本国憲法~立憲主義の史的展開を踏まえて』、2020年12月号で主著『日本国憲法論 第2版』を紹介した。佐藤名誉教授は本書出版を思い立たせた最大の理由について、「二〇一五年の日本公法学会における、『人格的自律権構想を振り返るー憲法とその外部』と題する駒村圭吾会員の総会報告に、少しでもお答えしておかねばという責任感のようなものを強くしていったことである」とする。本書の構成は、「Ⅰ 日本国憲法の保障する『基本的人権』の根拠と体系」、「Ⅱ プライバシーの擁護」、「Ⅲ (インタビュー)憲法一三条と人格的自律権の展望(聞き手 土井真一)」、「Ⅳ 『人格的自律権』論に関する補足的説明および随想文」、「Ⅴ 人権保障と司法の役割」、となっている。駒村圭吾・慶應義塾大学法学部教授(憲法学専攻)への応答は、Ⅳで詳述されている。なお、駒村教授の近著に、単著『主権者を疑う ─統治の主役は誰なのか?』(筑摩書房 2023年4月)、編著『プレステップ憲法 第4版』(弘文堂 2024年3月)がある。法律学専門誌『法律時報』第82巻5号(日本評論社2010年)は、「憲法理論の継承と展開」という特集を組み、杉原泰雄氏、樋口陽一氏、佐藤氏、高橋和之氏と、私のような80年代に憲法を学んだ者にとってはお名前になじみのある憲法学者との対話を「国家と憲法」研究会を構成する山元一、小山剛、工藤達郎、蟻川恒正氏らが行った。その中で、「佐藤幸治憲法学との対話 『体系と差異』」は、蟻川氏(現在、日本大学法科大学院教授)が執筆、その論考の末尾で「人権論と統治機構論を『人格的自律』の概念によって『統合』することにより、佐藤は、現代日本の憲法学において類を見ない鞏固な体系性を備えた憲法理論を構想することに成功した」と評している。駒村教授は、上述の日本公法学会シンポジウムにおける総会報告への質疑の中(『公法研究』第七十八号、日本公法学会 2016年)で、「包括的な憲法体系の中に『裂け目』や『外部』を残しておく必要があり、「人権」が結局それにあたる。人権にいう『人』や『個人』という概念は、『国民』や『共同体』の概念と異なり、未知の他者との邂逅が予定されている。この『裂け目』を残し、『自己統治』を含め同じ一つの物語で包摂的に説明しようとする衝動を掣肘しておく必要がある」という。また、「九〇%は人格的自律権構想を肯定し、あとの一〇%は様々な『裂け目』を明確にした方がよい」という応答が目を引いた。佐藤名誉教授は、駒村教授の上記大会報告での問いを、「『人格的自律権』論の背景と趣旨」で総論的に回答した上で、「『小宇宙としての憲法』構想であるという指摘」、「国民主権の意義などに関し、『自律的人間の“生”を可能ならしめる“物語”(narrative)の共有』などと何故ことさらにいう必要があるのか」、「『人格』、『人格的自律権』に何故かくもこだわるのか」、「『自己の生の作者』と『人格的自律の存在』とは果たして両立・整合しうるか」という4点に整理して応答をし、補足的に「人格的自律権」に関する随想文を掲載している。佐藤名誉教授が憲法を論じる中で提起した「道徳」、「人格」、「物語」、「生」という言葉自体が、日本においてある種の忌避感を呼ぶことは容易に想像される。それにもかかわらず、それを論じることを通じてこそ、「みんなとともに自分らしく生きることのできる社会」(土井真一・京都大学法学系(大学院法学研究科)教授)という立憲民主主義下の「理想」を目指すことができるということなのだと理解したい。上記の法律時評における佐藤名誉教授の口述文の題名が「『私的なるもの』と『公共的なるもの』とのバランスを求めて」とされていたことも示唆深く感じた。「自由、民主主義、基本的人権、法の支配」など近年日本が対外的に標榜するものを深く学び直すにふさわしい1冊である。「Ⅱ プライバシーの擁護」もこのSNS全盛の時代に熟読をお勧めする論考である。ファイナンス 2024 May 53有斐閣 2023年11月 定価 本体2,200円+税FINANCE LIBRARY佐藤 幸治 著現代立憲主義と 人権の意義評者渡部 晶

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