日本と外国(たとえばアメリカ)の経営の違 ファイナンス 2024 May 1一橋大学特任教授楠木 建いを説明するときに、すぐに文化論、もっというと民族論(たとえば、農耕民族対狩猟民族)を持ち出す人がいる。しかし、国や地域にかかわらず、まず合理的にやっていないと、ビジネスは立ちいかない。あまり文化論を持ち出して考えないほうがいい、というのが僕の見解だ。メルカリも三菱重工も日本企業ではある。しかし、その経営にはほとんど共通点はない。一口に「日本企業」といっても、多種多様な会社のそれぞれに違った経営がある。「アメリカ型経営」というのもまた幻想に近い。「ウォールストリートの証券会社のような短期的な成果主義バリバリのところで働くのはごめんだよ」と言っている人はアメリカにもいっぱいいる。むしろそういう人の方がずっと多い。そういう人はミネソタの家具メーカーで働いていたりする。アメリカでも日本でもどこの国でも、多種多様な企業の集積で一国の経済が成り立っていることには変わりがない。東洋経済新報社から出版されている『米国会社四季報』という本がある。これは『会社四季報』のアメリカ上場企業版だ。この本を眺めていると、アメリカ企業のリアリティを概観することができる。10ページに1回ぐらいグーグルやアップルやマイクロソフトといった有名企業が出くるが、9割は日本の普通の人が知らない会社だ。アメリカ人にしても日本の『四季報』を見たら、トヨタやソニーは別にして、大半の会社は知らないだろう。『米国会社四季報』には、好業績企業もあれば、パッとしない企業もある。これにしても日本と同じだ。『米国会社四季報』は見開き2ページで4社が掲載されている。試みにあるページを開いてみると、そこに出ているのは「ドーバー」「フローサーブ」「ザイレム」「スナップオン」。その業界で仕事をしている人は別にして、ほとんどの人は社名も聞いたことがないだろう。ドーバーは工業製品・設備メーカー、フローサーブは流体制御機器メーカー、ザイレムは浄水システムメーカー、スナップオンは業務用工具メーカー。いずれもなかなかの高収益企業だ。知らない企業ばかりなので推測だが、それぞれに優れた経営をしているのだろう。そしてその経営スタイルは日本で何かと話題になるグーグルやテスラのそれとは大きく異なるはずだ。近いものは粗が目立ち、遠いものはよく見えやすい。遠近歪曲は人間の志向バイアスの典型だ。「日本はダメだ、変わらないといけない」という考えが、日本の「進歩的な」人々の間では強い。それはその通りだ。しかし、そういう人に、「シリコンバレーですごく調子が悪い会社を知っている?」と聞いて、いくつも名前を出せる人はほとんどいないだろう。結局ビジネスというのは、BtoBだろうがBtoCだろうが、アメリカだろうが日本だろうが、人間が人間に対してやっていること。ビジネスで一番大切なものを一つだけ挙げろと言われれば、僕は「人間の本性に対する洞察」と答える。ビジネスの世界は変化が激しい。いつもバタバタしている。だからこそ「本性主義」の立場に立って物事を考えることが大切だ。本性主義は、人と人の世の中の変わらない部分に目を向ける。高浜虚子の名句に「去年今年貫く棒の如きもの」がある。そう簡単には変わらないもの―そこに本質がある。本質とは「貫く棒の如きもの」だ。変わっていく世の中で、変わらないものを見抜く。「貫く棒の如きもの」をわしづかみにする。そこに経営者の本領がある。本性主義
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