ファイナンス 2024年4月号 No.701
92/102

東京税関成田税関支署 総務課長加藤 三男東京税関成田税関支署 税関広報広聴官岩崎 泰治前述のとおり、成田市は新勝寺の門前町として栄えてきたことから、「北総四都市江戸紀行・江戸を感じる北総の街並み」として日本遺産に認定され、成田国際空港から近いこともあり江戸の風情が味わえる「世界から一番近い江戸」と言われている。はじめに成田市は、千葉県北部に位置し、今や日本の主要な空の玄関口「成田国際空港」を有しており、1000年以上の歴史のある真言宗智山派の大本山である「成田山新勝寺」がある。「成田山新勝寺」は、正月には三が日で約300万人が参拝に訪れると言われ、初詣客数では常に上位に入っており、門前町としても栄えてきた参道には、土産物屋や飲食店・旅館などが軒を連ね参拝客で賑わっている。成田地区所在税関の沿革現在、成田地区には成田税関支署、成田航空貨物出張所、麻薬探知犬訓練センター室の三つの税関官署(室)が設置されている。そのうち、麻薬探知犬訓練センター室は、空港外であるが隣接地の三里塚に、残りの2官署は空港内に所在している。成田地区に税関が設置されたのは、新東京国際空港(現:成田国際空港)が開港した昭和53年5月のことであり、開港と同時に成田税関支署が開設された。これは、羽田空港の国際線が、成田の地にそのまま移転したものと考えていただければ良いが、同時に空港周辺の成田市、大栄町、芝山町、多古町の1市3町(当時)が横浜税関の管轄から東京税関に管轄換えされることにもなった。当時は現在の第1旅客ターミナルビルしかなく、その中に総務部門と旅客関係業務を行う監視部門が置かれ、貨物地区の空港合同庁舎内に、航空貨物の輸出入通関業務を行う業務部門がそれぞれ置かれた。職員数はターミナル地区に約320名、貨物地区に約80名、総勢約400名の陣容であった。その後、平成4年12月に第2旅客ターミナルビルが供用開始され、国際線航空機の往来の増加と共に航空貨物も伸びはじめ、平成8年3月に「成田・原木仕分基準」(※)が解消されたことを契機として成田国際空港での輸出入通関処理件数が著増し、併せて業務部門の職員数も大幅に増加したことから、平成10年7月、成田税関支署から分離・独立し、成田航空貨物出張所が設置されることとなった。その後、成田南部航空貨物出張所の設置(平成16年7月)、同出張所の成田航空貨物出張所への再編入(平成25年7月)を繰り返し、現在に至っている。※輸出入貨物の内、緊急及び生鮮貨物等限定的な貨物が成田国際空港、それら貨物以外は原木地区(東京エア・カーゴ・シティーターミナル(TACT))で通関とするもの。麻薬探知犬は、昭和54年6月にアメリカ税関から2頭導入したのが始まりで、滑走路を挟んでターミナルとは反対側の空港用地内に、仮施設を設置して訓練や一部国内犬の育成・配備等を開始していたところ、昭和62年10月、全国の税関に配備する麻薬探知犬の本格的な育成・訓練等を行う唯一の施設として成田国際空港に程近い成田市三里塚に麻薬探知犬訓練センター室を開設し、これまでに600頭以上が育成、認定され、不正薬物の摘発総量は約6.6t(令和5年末まで)に達している。現在は全国で約130頭が活躍中であり、優秀な麻薬探知犬を確保すべく平成25年にオーストラリア税関と覚書を結び、翌年から延べ60頭以上を導入しているところである。 88 ファイナンス 2024 Apr.観てよし! 湯(弓)もよし!? 食べてよし!!成田市

元のページ  ../index.html#92

このブックを見る