ファイナンス 2024年4月号 No.701
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PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 30ファイナンス 2024 Apr. 81に思います。日本経済の長期を見据えた政策や、逆に危機時など非常に短期の判断が重要な局面で、アカデミズムに基づいた経済学的な発想があるのとないのとでは大きな違いが生まれていると感じます。アカデミックバックグラウンドのある人材を確保することで、アカデミアの底流とその向かう先をよく理解しておくことは、自国の政策を立案する上でも、世界の動向を理解する上でも、とても重要なことのように思います。一方で、日本の経済学アカデミアは、過去において、実務から無視された反動もあったかもしれませんが、実務とアカデミアが分離したことで、純粋アカデミズムへの指向性を強めてしまったように思います。この傾向は最近変化の兆しが見られています。近年、データ指向も相まって、実践への指向性が特に若い研究者を中心に回復しているように感じられ、良いことだと思っています。これからは、まずアカデミズムの強さを維持するために、国際性とダイバーシティを高めて研究力を強化することが重要だと思います。それと同時に、社会への発信の「質」を高めることが重要だと思います。質の高い発信によって、実務的な経済学が前進するのではないかと思います。しかし、近年感じているのは、質の高い論争の少なさです。マクロ経済は十分複雑なので、衆目の一致する唯一解を見つけることは難しい。ただ、有力な複数説が競合することによって、正解がどの領域内にありそうかということや、どの変数の動向が解の鍵を握っているかについてのコンセンサスが生まれてくる。そのため、複数説の継続的な論争が重要なのだと思います。現代の言論はインターネットが主戦場ですが、SNSは付和雷同か分断かに陥りやすい。質を高く論争するためには双方に対する尊重が必要で、議論が噛み合うためには言葉や数字が共有されていなければならない。経済学会の役割の一つはそういったプラットフォームの提供にあるのではないかと思います。上田総務研究部長:実際に、『マクロ経済動学』の中では、いくつか章末にコラムを書かれていて、現実の論争における安直な議論に対して冷静な警鐘を鳴らしておられます。それらは、質の高い議論の土台を提供しようという意図なのではないかと感じました。ただ、そういった議論の場というものが圧倒的に不足している中で、どのように建設的な議論に繋げていくことができるでしょうか。楡井教授:一つの顕著な事象は、批判的な書評というものがなくなったことだと思います。そもそも出版が減ったので、本ベースでの論争が減っていきました。一冊一冊真剣に時間をかけて書く本というものは継続的な論争を行う良い仕掛けだったと思います。さらに書評において、批判を書くということは皆無になってしまいました。かつては批判的な書評がたくさんあって、それが論争に繋がっていきました。そういった意味でも新しいプラットフォームを作らなければいけないと感じます。上田総務研究部長:実際に政府の中でも色々な議論をしていこうという時に、様々な考えを建設的な議論に結びつけていくようなプラットフォームを模索している人は少なからずいると思います。楡井教授:公共を担う非政府部門の役割は大事だと思います。ヨーロッパであればVoxEUなどに研究者が一般向けの記事を書いていたり、そういったweb上の媒体で識者が論争を行なっていたりすることが多くあります。日本語でもそういった場があれば良いと思いますが、政府が大規模にそういった場を提供するというよりも、本来は学会のような組織が担うべきではないかと思います。上田総務研究部長:本書の序章と終章を読めば、マクロ経済学に関心のある実務家にとって、政府の取り組むべき本質的な課題についての様々なインプリケーションが得られると思いました。現在の日本の文脈において、政府が果たすべき役割、取り組むべき政策として、何を優先すべきだとお考えでしょうか。

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