ファイナンス 2024年4月号 No.701
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PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 30ファイナンス 2024 Apr. 79*2) Khan and Thomas(2008)の数式を経済の言葉に引き起こすとどういうことを意味するのか、日本語で直観的に読めるように努めました。そのうえで、こういった理論を作ることによって、マクロ経済学という学問が何を目指しているのか、社会にどのように貢献しようとしているのかについて私なりの考え方を伝えたいと思いました。上田総務研究部長:余談ですが、「マクロ経済動学」という極めてシンプルなタイトルと、白一色の装丁は、奥ゆかしさとすがすがしさを感じさせますが、そのようなタイトルと装丁にはどのような思いが込められているのでしょうか。楡井教授:タイトルと装丁は基本的に出版社が候補を出してくれるので、私の貢献ではないのですが、結果的に私もとても気に入っています。この本の後半は私の研究をまとめたやや専門性の高いものですが、前半は現代マクロ経済学をある程度の厳密性を保ちつつ、大まかに掴みたいという人のために書いたので、「マクロ経済動学」というタイトルはよく中身を表していると思います。装丁は、寒色系のザラザラした手触りという希望を出版社に伝えただけだったのですが、デザイナーさんが美しい質感に仕上げてくださいました。本の帯は淡あわ藤ふじ色というのでしょうか。古くから日本の伝統的な着物などでもよく使われる色です。なだらかな曲線は、本書のテーマでもある「なだれ」や「パレート分布」を表す、といった説があります。上田総務研究部長:序章と終章で、「マクロ経済学」の大きな流れと現在の位置を非常に丁寧に説明されています。おそらく日本語でこういった内容が提供されることは、今までなかったのではないかと思います。最後の章には、「市場が大まかにはよく機能する体系の内側に、局所的だが重要な活断層がある」(P.222)という表現があり、非常に印象的でした。こういった表現は、非常に大まかな議論が行われがちになるマクロ経済の分析に対して、非常に解像度を高くして観察する必要があるというニュアンスが鮮明に現れていると感じました。こうした直観を得た背景や、ご自身が経済学のご研究に取り組もうと考えられたきっかけがあれば教えてください。楡井教授:特に実務家の方には、序章と終章から読んでいただきたいです。私がメタなレベルでマクロ経済学をどう日本社会に紹介したいのかということが伝わると思います。まさに引用していただいた部分が今までの自分の研究の「ステートメント」であり、この本が提示している仮説ということになります。これは最初からあった考えではなく、色々と試してみた研究の終盤で、自分の考えてきたことをまとめようとした時に浮かび上がってきたものです。最初に研究を始めた頃は、現実の経済には至る所に摩擦があるのだから、それらがガタピシすれば、マクロ経済全体の景気変動もでるだろう、くらいの雑な考えでした。しかし、実際に論文を書くというプロセスにおいてじっくり考えてみると、市場がマクロ経済を平準化する力は非常に強いもので、まず、統計的な力が働きます。独立で確率的なショックは、マクロ的には均されてしまいます。さらに、個々の家計や企業は、突然の変化を積極的に行う理由がなく、むしろ変化を嫌うため、マクロ経済の変数は平準化されてしまいます。例えば、マクロ全体で見たときの家計消費の年々の振幅は、経済が被るショックに比べてかなり小さい。4章では、個々の企業の投資に摩擦があった時に、それが経済全体の総投資の振動を生むということを述べていますが、このテーマにしても、カーンとトーマスによる古典的な研究*2があり、単純な摩擦があるだけではマクロ経済の安定性は損なわれないことがかなり頑健に知られています。4章は私の博士論文後半でやりたかったことを卒業後ずいぶん長い時間をかけて完成させたものです。シカゴ大学の大学院生だったとき、この部分をセミナーで報告させてもらいました。その時、ボブ・ルーカスに

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