ファイナンス 2024年4月号 No.701
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PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 30ファイナンス 2024 Apr. 77り方を模索していた時代であったと思います。私もそういったことに非常に関心がありました。ただ、それを実際に考えていくためには事実解明的な面で説得的な理論でないと私自身も納得ができないという具合でした。上田総務研究部長:事実解明的な研究をやろうとする際に、複雑系科学という分野のご研究を非常に念入りにされて、それを経済学の中に活かしていくことになったのは、どういう動機やきっかけだったのでしょうか。温暖化モデルの提唱者である真鍋淑郎氏がノーベル物理学賞を受賞した2021年に、同じく物理学賞を受賞したパリージという統計力学者がいます。彼は複雑系科学の元祖の1人ともいえる研究者であり、真鍋氏の気候変動に関する研究も、気候という非常に複雑で非線形な系に対する複雑系モデルのいちばん良い応用例の一つと言えます。そのため我々界隈では2021年のノーベル物理学賞は複雑系科学に対する受賞であると言われていたりします。しかし、必ずしも報道等ではそういった中身にまで踏み込んでいかないので、ここでもまた「複雑系」というタームはスルーされてしまった印象はあります。ただ、複雑系科学自体が事実解明的な態度を持つと楡井教授:複雑系が事実解明的だというのは本当にその通りですが、そのような学問に出会ったのも偶然でした。複雑系科学も非常に面白く、はじめは、非常に抽象的な数理によって洗練されていくカオス理論のような美しい研究があり、そういった研究も力学自体の更なる発展にもつながったと思います。ただ、サイエンスの面白いところは、そのように美しい理論で満足する人たちがいる一方で、それで現実が説明できないと意味がないと感じる人たちがいて、複雑系というのは後者のタイプの人たちによって担われている学問だと思います。そういう意味では、単純系以外の全てが複雑系になってしまっていて、複雑系は定義の難しい曖昧なタームになっています。いう点では自分向きであったと思います。社会がどうあるべきか、ということに対する関心が元々経済学を学ぶモチベーションとなっていた中で、所得分布の富裕層部分がパレート分布に従うという実証的な規則性があることを知りました。さらに、同じ分布が、複雑系科学でも知られていて、マクロ的振動一般、それも経済だけでなく、社会現象や生物、物理にも同じように現れる、ということを知って、深く魅了されました。研究していくうちに、マクロ経済は複雑系そのものであると思うようになるとともに、現在のマクロ経済理論におけるいささか硬直的な数理構造を少しほぐすことにも、複雑系科学の手法は有用であると思いました。例えば、現在のマクロ経済学は全ての市場であらゆる瞬間に需給が均衡しているだとか、家計や企業は常に合理的で他人の行動も読み込んで意思決定しているといった仮定を標準的に採用しています。そこから少しずつ柔軟にしていこうという動きは、行動経済学をはじめとして、常に経済学の内部にありますが、逆に「純粋化」方向の動きも常に存在します。私自身はそうした硬直的な仮定や手法に少し窮屈さを感じていました。上田総務研究部長:楡井教授は、大学院時代をシカゴ大学で過ごされています。外からの印象では、シカゴ大学というのは新古典派の規律を重んじて、政府の役割や政策については重視しないという先入観がありますが、大学院での経験について語っていただけますか。楡井教授:シカゴ大学のイメージは少し実態から乖離しているように思います。個人合理性と均衡を第一原理とすることを強力に推進したのはシカゴ大学の方たちですが、それは堅固な第一原理を持つことで、理論を突き詰め、研究者の創造性を発揮させることを目指したということだと思います。どんな仮説も認めてしまうと、理論から乖離した場当たり的な解釈が可能となって、一貫した経済学ディシプリンの進化にはつながっ

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