ファイナンス 2024年4月号 No.701
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ファイナンス 2024 Apr. 63令和5年度職員トップセミナー私、オリンピックから4年も経っていて、「もう絶対にゴールまで行ける。昔の自分とは違う」と頭では整理がついていたのですけど、やはり心が駄目なのです、また負けちゃったのです。沿道の人も、テレビを見ている人もみんなが「お前いつまで走っているんだよ、お前の時代はとっくに終わっているんだ!」と言っているように思えてしまったのです。また負けちゃって、カメラマンに捕まらないように、地下鉄でホテルに帰ろう、と思い、私は止まって、地下鉄の駅を探しながら、歩いたのです。でも人が沿道に多かったので、なかなか地下鉄の駅が見つからない。そうしているうちに、歩いている私を、6人の市民ランナーの方が追い越していったのです。その6人の方が誰一人として素通りしなかったのです。みんな私のことを気にかけてくれました。歩いている私の横に来て走らせようとして、「ほら、ほら、ほら」と手拍子するひともいれば、右肩をポンと叩いて走り去っていく方、スポンジを持ってきてくださる方もいらっしゃいました。最後6人目の方が「増田さん、一緒に走ろう!」と言いながら、何度も何度も後ろを振り返って、私を走らせようとするのです。ふくよかな体形の感じの方だったのですけども、その6人目の選手の後ろ姿が素敵だったのです。その選手に付いていく、というか、長居の陸上競技場に運んでいただいて、ゴールすることができました。30位でした。記録は2時間52分台で、自分の持つ日本記録からしたら20分以上遅いのです。でも、私が競技生活を振り返ってみて一番好きな大会がこの1988年の大阪国際女子マラソンなのです。競技場のトラックに入ってもずっと泣いていました。6人の方が私を運んでくれてありがとう、という気持ちと、何か都合が悪くなると弱くなる自分がいて、でもそれを試すかのような「お前の時代は終わったんや!」という言葉に負けることなく、私は競技場まで帰ってくることができた・・。そういった、いろいろな感情が混ざったマラソンでした。オリンピックの後に手紙で人に助けられて立ち直った後、今度はマラソンのレース中に6人の市民ランナーに助けられて、それでしっかりゴールができたから、本当の意味で、私は新しいスタートを切ることができて、今日があるのだな、と思うのです。だから、隣にいる人が元気ないときには、今度は私が「一緒に走ろう!」と言ったり、給水の水を与えてあげたり、ということをしながら、前に前に進んでいかないと、私は本当に罰が当たるな、と思っています。シドニー五輪に臨む、女子マラソンの高橋尚子さんが、まさにそうでした。マラソン当日は、高橋さんは、ヘッドホンで音楽を聴きながら踊っているのです。「何をやっているの?」と聞いたら、「hitomiの曲を聞いて踊っている」とのこと。こういう選手が強いですね。なでしこジャパンもそうじゃないですか。去年ベスト8にも入りましたけれど、今の選手たちみんな明るく笑っていましたよね。昨年夏の甲子園で優勝した慶応義塾高校の「エンジョイ・ベースボール」もそうで、やっぱり昭和と違いますね。本番を楽しめる、大舞台が楽しみで仕方がない、というのは、練習でやっていることに自信があるからですね。自信があるから、待ち遠しい、楽しみだ、となるわけです。そういう選手を取材していましたら、すごい言葉に出会いました。それが今私の座右の銘、論語の「知好楽」という言葉です。一つのことに一生懸命打ち込んでいるとき、そのことをよく知っているというのは素晴らしい。でも、知っているだけの人よりも、それを好きでやっている人は勝っています。そして好きな人よりも楽しんでいる人が一番良い結果に繋がっていきますよ、こういう解釈ですね。私、自分のオリンピックを振り返ると、「知」で終わっていました。ロサンゼルスは暑いので暑さ対策をしました。4011.「知好楽」今解説の仕事などで、選手たちを取材して感じることは、オリンピックの大舞台でメダルを取っている選手は大舞台を楽しめているということです。もう待ち遠しくて仕方ない。一生懸命鍛錬してきた力を試す晴れ舞台が楽しくて仕方ないのです。

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