財務省大臣官房 財政経済特別研究官 名古屋大学客員教授佐藤 宣之(評者と因果関係)岩波書店 2019年12月 定価 本体2,500円+税次に差異形成説について。その代表選手が「(反事実)条件説」で、命題「AはBの原因である」に関し、その反事実条件文「AがなければBはない」が真なら命題「AはBの原因である」も真と判断する。条件説なら産出説と違って不作為による因果関係も説明できる。条件説にも反事実条件文の真偽は必ず所与なのか等の問題点の指摘はあるものの、条件説に理論として致命的欠陥があるとは認識されていない。(言語と因果関係)著者は条件説について、因果関係が一言語たる英語の論理を無意識に前提としていると見て、言語が偶然備えている特徴に出来るだけ頼らない研究を目指すべしと指摘する。本書に例文がないので著者の問題意識を正確には計りかねるものの、評者が学生当時から気になっている点を掘り下げてみたい。即ち、「彼は正しくないと私は思う」を素直に翻訳すると「I think that he is not right」となりそうだが、英語では「I do not think that he is right」(彼は正しいと私は思わない)とするのが普通である。「彼は正しくないと私は思う」と「I do not think that he is right」の両文章を比べると、内容は一見違うが結果的に大体同じだろう。しかし、両文章を条件文化して「彼は正しくないと私は思うなら」と「If I do not think that he is right」(彼は正しいと私は思わないのなら)を比べると、内容は一見して違ってくる。ちなみに欧米の言語なら一緒かと思いきや、「彼は正しいと私は思わない」をフランス語に翻訳すると「Je ne pense pas(I do not think)・・・」型も「Je pense(I think)・・・」型も許容されるようだ。こうした言語の違いに起因する問題が他にもあるのだろうか。(法律と因果関係)著者は医療を含めた科学分野での相関・因果関係分析について課題ありとしつつも評価する一方で、法律や道徳での因果関係の議論は楽観視できないと警鐘を鳴らす。著者は交通事故を例に、ギリギリ合法な量をFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリー評者私たちは重大な個人的・社会的問題に直面すると、その原因や責任をめぐる論争に白熱しがちだが、「そもそも因果関係とは何か」という前提的な理解が人によって文脈によって著しく異なっている可能性があり、そのことに無自覚なままでは、建設的な議論など望みえない(本書の訳者による紹介文より引用)。因果関係と言えば、「相関と因果関係は違うので注意せよ」と教わったのを思い出す。「データは21世紀の石油」と言われるが、相関・因果関係分析などデータサイエンスのスキルがないと宝の持ち腐れになりかねない。法学部で習った刑法では因果関係論の二つの学説が拮抗していたが、もう決着したのだろうか。(著者と因果関係)著者は哲学博士号を取得後に自然科学の思索に入り「物理学の哲学者」を自認するなど、哲学界での因果関係の議論と統計学を含めた自然科学界での因果関係の議論を架橋する重要な役割を担っている。本書は英国ケンブリッジの出版社ポリティプレスの「現代哲学のキーコンセプト」シリーズの一冊で、因果関係の議論を横断的かつ分かり易く説明することが目的とされているので、哲学にも自然科学にも通じた著者はその書き手に打ってつけと言えよう。本書の表題は「因果性」であるが、本稿の表記は「因果性」、「因果」と同義の「因果関係」に統一する。(産出説vs差異形成説)著者によると、哲学界では因果関係の本質として、「産出説」(原因とは結果を産出・決定するもの)、「差異形成説」(原因とは結果の有無・内容の差異を形成するもの)の二説を軸に議論が重ねられた。先ず産出説について。不作為は何も生み出さないので不作為による因果関係を説明できない、不確実性を含むシナリオを説明できないといった基本的な問題点が指摘され、産出説は理論として確立していない。ダグラス・クタッチ 著/ 相松 慎也 訳/一ノ瀬 正樹 解説因果性 50 ファイナンス 2024 Mar.
元のページ ../index.html#54