ファイナンス 2024年2月号 No.699
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ファイナンス 2024 Feb. 83 PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 28すが、投資環境の整備の実現のための手段の一つとして、その国家の同意をあらかじめ条約の中に組み込んでおくISDS条項が規定されるようになりました。ところが、こうした投資分野での紛争解決制度は、先進国間で締結されるFTA/EPAの投資章にも置かれるようになり、先進国の国民たる外国人投資家と、先進国たる投資受入国の投資紛争にも適用されるようになってきています。福永論文では、先進国の国民たる外国人投資家と先進国たる投資受入国の間の投資紛争の解決というISDS条項の新たな状況を典型的に示す事例として、気候変動問題への対策に関する投資案件の事例が取り上げられています。投資紛争の解決制度の根本にかかわる議論がなされるようになっており、私の論文は、投資仲裁制度の導入時点の事情を踏まえて、現在の投資仲裁制度の意義と問題点を論じています。本特集号では、飯野論文ではデジタル貿易、加藤論文では医療製品、関根論文ではCBAM(炭素国境調整メカニズム)、太田代・秋山論文ではUSMCAというように、個別の品目や協定を取り上げて論じているものが見られますが、どのような観点で対象を選んでいるのでしょうか。個別の分野に関してはWTOでの交渉で特に重要な論点になっているものを選択しました。小寺論文で取り上げられている基本的な全体構造を踏まえたうえで、現在の国際社会で重要性が増している個別の分野である、デジタル貿易や感染症対策、CBAM、USMCA、さらには安全保障の分野での議論を、そうした全体構造との関係で理解していただければと考えています。もう一つは、FTA/EPAの場合は限られた国家間で、それから利害がある程度共通した国々だけで交渉を行いますので、比較的合意に至りやすいという特徴があるという点を指摘しておく必要があります。こうした限定的な国家間だけで適用されるルールで新しい問題に対応していくだけで良いのかという議論があります。国際法の分野では二国間または限定的な多国間において利害が共通している国々の関係を「地域的」と表現するのですが、この地域的なFTA/EPAの枠組みが普遍的枠組みであるWTOよりもはるかに先行していて、現代的なニーズに応える規則を設けるようになっています。多くの地域的なEPAやFTAに共通する規則が、どのような形で普遍的な枠組みに影響を与えるかということを考えることが必要だと思います。今回の特集の多くの論文で、WTO体制に関する議論を行う際に、WTOだけでなく、地域的な条約体制を検討の対象としているのは、必要かつ先進的な規則の多くを地域的な枠組みの中に多く見ることができて、それをどの程度普遍的な体制に反映できるかということを論じる必要があるからです。歴史的にも先進的な分野における地域的な取り決めが、普遍的な枠組みになっていくという流れになっているのでしょうか。第二次世界大戦後の基本的な方向性は普遍的な体制の強化でした。ブロック経済、あるいは地域主義が国際社会において良い結果をもたらさなかったので、できるだけ普遍的な組織を作っていきたいという意向が強かったのです。ただ、普遍的な体制というのはある種の理想論でもあり、その中でも、地域のことは地域で処理したい、あるいは共通の利益を持つ国家間の枠組みの方が有効にかつ機敏に対応できるということは容認されていて、普遍主義の重要性が強調される一方で、地域主義を否定するという形にはなっていませんでした。WTOは一時期までは普遍的な組織として一番有効な体制であったと思いますが、WTOの中にさらに先進的な分野を取り込んでいこうという動きが出てきたときに、特に1990年代、あるいは2000年代以降の国際社会の構造変化を踏まえると、なかなか普遍主義だけでは対応できなくなり、ある程度即効性を持つ地域主義の方が対応してきたという流れがあると思います。これは経済分野だけに限定されるものではないだろうと考えます。例えばデジタル貿易や感染症対策がそうですが、どの論文においても筆者が念頭に置いているのは、地域的な枠組みが普遍的な規則としてどの程度の意味を持ちうるのかということだと思います。新しい動きを普遍的な規則の中に取り込んでいくためには、小寺論文で述べられているような、今の国際社会の基本的な構造を前提にする必要があり、非常に多様化している利害関係を踏まえた形での普遍的な規則の構築というのは、なかなか難しいと思いま

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