与することが必要になったと同時に、国際社会(International Society)というよりも、国際共同体(International Community)という表現を使って、国際共同体全体の共通の利益を保護する規則が必要なのではないかと考えるようになってきています。しかも、気候変動問題への対応には、「人」の生活の持続可能性に関する議論も必要です。その意味で、現在の国際社会で「人」の存在が重要になっているという特色にも関連します。気候変動問題への対応においては、環境の保護及び保全を実現することと、自由貿易体制を守っていくことという、ある意味で矛盾する二つの価値をどのように関連づけ、そしてその異なる利益をどのように調整するのかという大きな問題に取り組む際の自由貿易体制の観点からの論点を、この関根論文と福永論文で理解していただけるのではないでしょうか。次に7.太田代・秋山論文について、この論文では、先ほど申し上げた、「人」の問題と深く関わる労働問題・環境問題が取り上げられています。本論文は、感染症対策と同様に、自由貿易体制の中での「人」の権利の位置づけを検討対象にしなければならなくなったことを示すものであり、加藤論文と非常に親和性があります。ただし、太田代・秋山論文のもう一つの大きな意義は、現在の自由貿易体制において、どのように規則の履行を確保するのかという手続を論じている点にあります。国際法では伝統的に、紛争解決手続を整備することが履行確保にも資すると考えられてきました。例えば、条約によって紛争解決手続を規定することの意味として、国家間の紛争解決のため、あるいはISDS条項に基づく投資仲裁の場合ですと外国人投資家と投資受入国の間の紛争解決のためという直接的な効果を持つことは明らかです。それに加えて、紛争解決手続は、間接的に条約の下での義務の履行確保のためのメカニズムとなり、紛争予防の役割をも果たすと考えられるのです。それは、国家にとって、大きな負担となる紛争解決手続を避ける一番良い方法が、条約上の義務を確実に履行することであるためです。しかし、後者の機能をより重視するとすれば、紛争解決制度とは別に、義務の履行の確保それ自体を目的とする制度を整備すべきだということになります。今の自由貿易体制では、そのような義務の履行確保のためのメカニズムが新たに設けられるようになっています。太田代・秋山論文は、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の中で設けられた、特に労働問題・環境問題について、紛争が起こるよりも前の、条約の履行確保のためのメカニズムを取り上げています。「人」に関わる義務について、実効的な履行確保のためには、国家だけでなくて、関係者の協力をどのように確保していくのかという側面に注目していることも大きな特色です。8.小林論文に関して、小林先生はWTOの紛争解決制度について多くの業績をお持ちの専門家なのですが、今回の論文は、WTOが本来規定している二審制の紛争解決制度、特に今は上級委員会がうまく機能していないことを契機として、ADR(代替的紛争解決)手続に着目しています。ADRはGATT期から手段として規定されていましたが、改めて振り返ってその役割を論じています。太田代・秋山論文の地域的な条約体制における義務の履行確保の手続の発展に関する議論と、普遍的な組織における非拘束的なADR手続の機能に関する小林論文を続けてお読みいただくと、現在ならではの問題をより明確に分かっていただけるのではないでしょうか。WTO体制、特にWTOの紛争解決手続の改善それ自体ももちろん重要な課題ですが、そのような課題の背景に義務の履行確保の問題があることを知っていただき、今の自由貿易体制の中で構築されている様々な規則、あるいはその下での義務の履行確保の制度の多様性という観点から、この二つの論文をぜひ結びつけてお読みいただくと良いと考えます。最後は9.私自身の論文ですが、これは外国人投資家対投資受入国の間の投資紛争解決制度の現代的課題を取りあげています。この論文は、福永論文で扱われている気候変動問題において国際投資法がどのような役割を果たすかという議論と深く関わっていて、論点がかなり重複しています。第二次世界大戦後の多くの国際投資紛争は、先進国対発展途上国という図式から生じるものであり、外国人投資家対投資受入国の間の投資紛争の解決のための国際的な制度は、発展途上国への投資に伴うリスクを軽減するために、技術や資金を持つ先進国の個人の投資に関する安定性や確実性をいかに確保するかという問題意識から整備されてきたものでした。外国人投資家対投資受入国の間の紛争解決手続では、少なくとも紛争解決制度を利用するときには国家の同意が必要で 82 ファイナンス 2024 Feb.
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