ファイナンス 2024年2月号 No.699
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*1) 財務総合政策研究所客員研究員、在米国日本国大使館公使*2) 本書は、2020年代はじめに日本経済を襲った物価上昇を一時的な要因によるものとし、日本経済の構造的変化をもたらすものではないとの認識に立つ。FINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーマクロ経済学のフロンティアへ*1マクロ経済学を勉強したことがある読者なら、名古屋大学大学院の齊藤誠教授の『新しいマクロ経済学』(有斐閣、新版2006)を読んだことがあるかもしれない。東日本大震災後、原発事故の原因を探り一般の話題にもなった『震災復興の政治経済学』(日本評論社, 2015)を読んだことがある方もいるだろう。齊藤教授は数学を含む言葉の力を大切にしておられ、その著作には論理の道筋を丹念に辿ることで事の真相に迫る醍醐味がある。離れるべく蛮勇を奮う政策が不用意に行われれば、現在の(ベストではないが、静謐な)マイルドなデフレ過程を一挙に破壊してしまうと警告する。本書の推奨するのは、財政規律回復の試みを、財政破綻が起きるか起きないかという議論から分離し、財政民主主義の原点に戻り、財政支出の中身と財源を厳格に監視することである。その上で、危機管理マニュアルの作成を提言する。数年分の国内貯蓄を食いつぶし、家計の「貸しっぱなし」を吹き飛ばしてしまう、外生的ショック(首都直下地震等)の発生により、デフレ過程が覆される事態に備えることを提案するのである。「借りっぱなし」と「貸しっぱなし」が四つに組んだ状況は、標準的なマクロ経済学のモデルの設定上の決まり事に反する。本来、所得は使い切らねばならない(横断性条件)。このため、この状況は十分にモデル化されないままできた。齊藤教授が本書で取り組んだのが、このような非標準モデルの設計である。経済学のモデルが、常に世界の真の姿を捉え、経済の動きを正しく予測するとは限らない。しかしながら、本書でのモデル化は誠実におこなわれており、日本経済のデータとの照合もおこなわれている。おまけに補論ではモデルの数学的記述までも与えられている。本書は、日本のマクロ経済を考える者が一度は格闘しなければならない一書となるであろう。三つの質疑本書をこれから手に取る読者が抱きやすい疑問を三つ挙げ、これらに本書が与えている解答を明らかにしておくことが、読者の便に資するものと考える。評者廣光 俊昭*1その齊藤教授が、この三十年ほどの日本のマクロ経済の難問と格闘したのが、本書『財政規律とマクロ経済』である。本書は、日本で財政規律の棚上げが可能になってきたのは、貨幣(日銀の借金)や国債(政府の借金)の受け皿があるから、物価も金利も上がらずにきたからであるという。そして、その受け皿が用意できたのは、家計が消費を抑制しながら、貨幣や国債を積極的に保有してきたからだとする。この場合、家計は、生涯所得を消費に使い切らず、貨幣や国債(統合政府の債務)を、銀行などを通じて「貸しっぱなし」の状態で資産として保有していることになる。このような政府債務は将来の税収に裏付けられていない「借りっぱなし」の状態の債務であり、これは家計消費を犠牲にすることで実現されているとする。どれほど経済対策をしても、総需要拡大(家計消費の拡大)の形で政策効果が表れてこないのも当然の帰結であると指摘する。本書はどのような政策を勧告しているか*2。財政規律の効く経済へと漸進的に正常化を図ることであろうか。齊藤教授の答えは否である。現状維持の政策から齊藤 誠 著財政規律とマクロ経済規律の棚上げと順守の対立をこえて名古屋大学出版会 2023年10月 定価 本体4,500円+税 62 ファイナンス 2024 Feb.

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