ファイナンス 2023年12月号 No.697
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業績評価制度」とほぼ同じような考え方になるのです。ただ、ドラッカーの考え方と「韓非子」では一つ大きく考え方が異なるところがあります。「韓非子」には次のように書いてあります。「これだけはやりますと申告しながら、それだけの実績をあげなかった者は、罰する。実績が小さいからではない。申告と一致しないから罰するのだ。これだけしかやれませんと申告しておきながら、それ以上の実績をあげた者も罰する。なぜか。むろん、実績の大きいことを喜ばないわけではない。だがそれよりも、申告と実績の不一致によるマイナスの方がはるかに大きいからだ」これは「韓非子」の考え方が「人や部下を信用できない」という前提に基づいて組織をまとめようとしていることの弊害が現れているところです。部下には裁量の余地を一切与えないという考え方です。だから、「言ったことは字義どおり守らせる」という話にせざるを得ないのです。対前年5%売り上げ伸ばしますと言ったら、5%ぴったりじゃないと左遷するぞ、というアホな話にしかならないところがあるのです。「韓非子」がこういう目標管理制度みたいなやり方を入れたのには、いくつか理由があります。「中国式」法治の大きな問題点は、上の人間が恨まれやすいことです。賞を与えている分にはいいのですが、変に罰与えてしまうと、「あいつめ、俺のことを罰しやがって・・。許せん!」ということになります。すごく恨みを買いやすいのです。だけど刑名参同のやり方は、恨みを回避することができるのです。なぜならば、「自分が立てた目標が達成できずに罰せられるのは自分の責任だ、こちらが恨まれる話じゃないよね」というロジックを立てることができるからです。「中国式」法治は、この刑名参同を使うことによって、下に試行錯誤をさせて、その成果だけを収奪するシステムだという言い方もできるのです。実は中国の習近平総書記の愛読書の一つがこの「韓非子」だと言われています。直近の中国共産党大会の前まで2期連続して李克強が首相でしたね。習近平と李克強の関係は確かに「韓非子」的なところが非常に強いのです。この刑名参同のやり方を使うことによって、君主は恨まれないための透明な評価者になろうという考え方が「韓非子」にはあるのです。先ほどの習近平と李克強の話で言うと、李克強は子供のときから天才と言われた人で、要するに政策オタクだったわけです。李克強がいろいろな政策を実施する。そうすると当然うまくいくものもあまりうまくいかないものも出てくるわけです。すると習近平は、うまくいったものに関して、俺は最初からこれが気に入っていた、みたいなことを言うわけです。そうするとそれにリソースが集中されて、他のものは消えていく、という形で、ある種の「韓非子」的なシステムでうまく回していたところがあると言われています。法は組織を一つにまとめる縛りであり、賞罰規程も含まれます。この法と権力、すなわち賞と罰、飴と鞭を使って、組織を一つにまとめ、成果を上げるようにする、信賞必罰、刑名参同を手段とする、こういう話なのです。この統治の方法は、互いに信用が難しい状況(例えば、共通の価値観が少なく、文化的な違いが大きい場合、過度な競争状態など)では、普遍的に見られる組織の統治形態となります。その意味では、現在の成果主義の企業や組織が取る統率方法と「中国式」法治の方法とは、非常に似た点があると言えます。現在の中国社会も、この「中国式」法治の伝統を引き継いでいる面があります。この意味で、うまく機能していると私も感じますが、この「中国式」法治にはいくつか問題も存在します。まず最も大きな問題として、この「中国式」法治で9.「徳治」の問題解決としての「法治」「中国式」法治の考え方をまとめますと、権力と法で組織を一つにまとめます。組織において権限委譲は不可欠だが、それをどう秩序づけるのかという問題があります。「論語」の「徳治」では、秩序付けの手段は徳なのですが、「韓非子」の「中国式」法治の場合は、法と権力で秩序付けようとするわけです。10.「中国式」法治と成果主義11.「中国式」法治の問題(1)「中国式」法治の問題点その18.習近平の愛読書「韓非子」 66 ファイナンス 2023 Dec.

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