ファイナンス 2023年12月号 No.697
68/82

B.「中国式」法治(韓非子)1.韓非子:論語とは前提条件が真逆に企業でも破綻に近づいていくことが書かれています。今、日本の大企業の多くが、おそらくこの問題を抱えています。組織は「和」の状態であればすごく良いのですが、下手すると、知らず知らずのうちに「同」の方にどんどん寄っていってしまうのです。では、どうすればいいのかという問題に対して、「論語」的な「徳治」とは真逆の原理、すなわち「中国式」法治により組織をまとめる方法を考え出したのが、韓非という人物です。正確に言うと、「中国式」法治の考え方は孔子のさらに前の時代からあったのですが、韓非がそれを集大成したのです。「中国式」法治が登場した理由は、これまで見てきた組織の問題点に加えて、もう一つの理由があります。孔子が活躍した春秋時代は戦乱の時代ではありましたが、それほど激しい戦乱ではなかったのです。一方で、韓非が活躍したのは次の戦国時代の末期、より混乱した時代だったのです。この間三百年ぐらい時代が経過しています。戦乱がさらに激しくなり、もう人の信用とか信頼を当てにすることが難しくなってきたのです。そういう意味では、「論語」と、ここからご紹介する「韓非子」というのは前提条件が全く違うのです。「論語」は「信用信頼こそが何より重要だ」と言っていますが、一方「韓非子」では「相手を信用するから騙される」みたいなことが書いてあります。また「論語」では「上下の良い関係を作って、良い組織を作ろう」と言っていますが、「韓非子」では「君主と臣下とは、一日に百回も戦っている。臣下は下心を隠して君主の出方をうかがい、君主は法を盾に取って臣下の結びつきを断ち切ろうとする」と言っています。これは非常に極端ですが、組織にはこういう面がないとは言えません。さらに「論語」は「法とかルールを振りかざすからお互いギスギスするので、お互い良心的に真心を持って話し合えば、それで済むのではないか」と言っています。一方、「韓非子」は「人間のことを頼りにしているから駄目なのだ、法やルールに頼りなさい」と言っているのです。ここで一つ補足いたします。ここまで「中国式」法治という言い方をしてきました。なぜ「中国式」が付くのかというと、欧米の法治とは考え方が異なるからです。この点が現在の中国を考える上での一つのヒントにもなります。欧米の法治は、ロックやヒュームを源流とする自由主義の前提にあります。これは基本的に個人中心の考え方で、確固たる法が基盤にあるからこそ、人々は自由に行動できるとされています。まずしっかりと法やルールを基盤に決めよう、その上で個々人は自由に行動しよう、と考えているのです。さらに欧米の法治の特徴として、「正しさ」は法が決めると考えます。この「正しさ」の中核は公正さです。一方、「中国式」法治とは、法と権力を手段とし、組織や国における統治や統制を実現することです。成果を上げさせるための賞罰規程も入っています。正しさは法やルールが決めるのではなく、政治が決めると考えるのです。これは組織、国中心の考え方であり、会社や組織統治のやり方そのものなのです。会社みたいなものなのです。私は「中国とはどういう国か?」と聞かれると、「会社みたいな国です」と答えていますが、それはここからくる考え方なのです。ただ、一つ難しいところがあって、法やルールというのは、それを決めただけでは、部下が守ってくれるとは限らないということです。2.欧米の法治と「中国式」法治3.「中国式」法治の中身:法を重視「中国式」法治の中身についてここからお話をします。まず「中国式」法治では法を重視します。法やルールを例外なく公平に当てはめることで、まず、組織を一つにまとめようと考えます。4.権力とは「韓非子」には「国に混乱が生じるもとは六つある。君主の母親、妻や愛人、子供たち、兄弟、重臣、知識人たちだ」と書いてあります。 64 ファイナンス 2023 Dec.

元のページ  ../index.html#68

このブックを見る