ファイナンス 2023年12月号 No.697
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PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 26 ファイナンス 2023 Dec. 57産の不平等の指標として、Top 1%シェアやTop 10%シェアなど、上位層が保有する所得や資産の割合を示しています。本稿では、まず、国際比較可能な不平等の計測に向けた取り組みとして、DINAガイドライン(Alvaredo et al. 2021)の内容を紹介します。具体的には、(1)DINAで不平等度を計測する対象とされる所得の概念、(2)統計調査データと税務データの接合による個票データの補正方法、(3)接合されたデータには含まれていない所得項目に関する調整方法について説明します。また、国・地域ごとに所得の不平等の大きさについて、World Inequality Databaseに含まれているデータを紹介します。その上で、財務総合政策研究所のスタッフが、DINAガイドラインに沿って、日本の所得分布に関する計測を行った研究の結果を紹介します。WILでは、世界各国における所得や資産に関する分布を推計し、各種の不平等指標をWorld Inequality Databaseに掲載しています。その計測結果が経年的かつ国家間で比較可能なものとなるように、計測に用いられるデータや計測の手順をまとめたものが「DINAガイドライン」です。所得分布の計測を行うにあたっては、はじめに、比較する所得に関する定義を行うことが必要です。まずは、所得を「世帯」について比較するのか、それとも「個人」について比較するのかによって、必要とされるデータや結果も異なります。DINAガイドラインでは、まず、「個人」の所得の分布を比較するという原則を掲げた上で、ある世帯に含まれる個人の所得は、世帯全体の所得を均等に配分することによって計算する方法(equal-split adults基準)を採用することがベンチマークとして推奨されています。しかし、equal-split adults基準を適用することが困難な場合には、世帯の中でそれぞれの個人が得た所得の金額をそのまま用いる方法(individualistic adults基準)を採用することも許容しています。例えば、所得税制において夫婦や世帯を単位とする世帯単位課税を採用する国であれば、equal-split adults基準で個人単位の所得を計算することは比較的容易に行うことができますが、日本のように、個人単位課税を採用する国においては、税務データからequal-split adults基準による個人単位の所得の計算を直接に行うことはできません。なお、DINAガイドラインでは、母集団である成人(adults)について「居住者かつ20歳以上の成人人口」を使用することを推奨しています。次に、所得の範囲について、DINAガイドラインでは、SNAの基準にしたがって計測される一国全体の国民純所得(Net National Income; NNI)がどのように各個人に分布しているかを計測することを原則としています。国民純所得は国民所得から固定資本減耗を除いたものです。また、一口に所得と言っても、税や社会保障による再分配の前と後とでは、所得の分布が当然異なります。そのため、所得分布を計測する際には、再分配をどの段階まで行ったかを明確にする必要があります。そのために、DINAガイドラインでは、4つの異なる所得の段階を定めています。具体的には、(1)課税前要素所得(pretax factor income)、(2)課税前移転後所得(pretax post-replacement income)、(3)課税後可処分所得(post-tax disposable income)、(4)課税後国民所得(post-tax national income)です。「(1)課税前要素所得」は、当初に稼得される所得(雇用者所得や事業所得など)、「(2)課税前移転後所得」は(1)に主として年金の給付を加え、そのために徴収される保険料を除いた所得を指します。「(3)課税後可処分所得」は、(2)から所得等に課される税の支払い額を除き、社会扶助の現金給付を加えた所得を指します。「(4)課税後国民所得」は、(3)に現物給付(医療、教育)や他の公的支出を加えた金額です。DINAガイドラインでは、これらのうち、所得分布の計測にあたって、「(2)課税前移転後所得」をベンチマークとして使用することを推奨しており、可能であれば他の所得段階についても計測することを推奨しています。次に、個人の所得に関する統計調査データと税務データの利用方法について説明します。異なるデータを接合するために、まずはできる限りデータ間で観測単位や所得の定義を合わせる必要があり、そのために2.DINAガイドラインの内容2.1 観測単位と所得概念2.2 データの接合

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