ファイナンス 2023年12月号 No.697
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*1) 本稿の内容は全て筆者の個人的見解であり、財務省および財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。*2) 個票データとは、調査主体(アンケート調査に協力した世帯や個人など)が回答した結果について、匿名性を確保した上で利用する集計前のデータのことを指します。例えば、家計関連の調査の場合は世帯単位もしくは個人単位のデータを意味します。財務総合政策研究所総務研究部 総括主任研究官 大野 太郎財務総合政策研究所総務研究部 前研究員 三箇山 正浩261.はじめに*1トマ・ピケティが2014年に「21世紀の資本」(ピケティ 2014)を公刊してから、経済的な所得や資産の不平等に対して、改めて学術的な関心が高まってきました。ジニ係数などの所得格差の大きさについては国ごとに計測され、例えばOECD.statなどを利用すれば国別の水準を把握することができます。しかし、計測された指標の作成方法の体系は必ずしもすべての国の間で共通しているわけではないため、所得の定義や調査対象の範囲(サンプルの代表性)などについては、本来、さまざまな違いがあります。それを考慮すれば、格差の国際比較は、単純に数字を比較すればそれでよいというほど簡単なことではありません。こうした中、Paris School of Economicsにおいてトマ・ピケティらが組織するWorld Inequality Lab(以下、「WIL」と呼ぶ)では、所得や資産の分布を国際比較することを目的としてDistributional National Accounts(以下、「DINA」(ダイナ)と呼ぶ)という体系を整理し、所得・資産分布について、共通の考え方に基づき、共財務総合政策研究所に所属する研究者は、様々な観点から財政・経済に関する調査や研究を行っています。今月のPRI Open Campusでは、その研究テーマの一つである「我が国の所得統計におけるDINAガイドラインの適用」について、「ファイナンス」の読者の方々にも関心を持っていただけるように、どのような問題意識に基づく研究なのか、研究から得られる示唆は何かをわかりやすく紹介します。通の手法を用いて計測する方法を提示しています。本稿では、特に所得分布の計測方法に焦点を当てます。まず、DINAでは、所得の概念について、既に国際的な統一基準を有しているSNAに依拠することを前提としています。また、所得分布の作成にあたり、分布に関するデータや個別の家計・個人単位の情報(個票データ)を利用します*2。その際、一般的な統計調査のデータでは、超高所得層の所得に関する情報が正確に記入されていないことが多くあります。他方、税務に関する行政記録情報においては、超高所得層の所得に関する情報をより正確に捉えることができると考えられます。そこで、DINAでは、統計調査のデータと、税務に関するデータを接合することにより、超高所得層に関する情報をより正確に反映するように補正された分布を作成することを提唱しています。このように整理されたDINAの体系に基づく所得分布の計測は、学術的にも高い関心が寄せられており、経済学分野のトップジャーナルにも様々な国における計測の結果が掲載されています。例えば、Piketty et al.(2018)はThe Quarterly Journal of Economics誌で米国の所得分布と不平等について、Garbinti et al.(2018)はJournal of Public Economics誌でフランスの所得分布と不平等について、それぞれ計測方法と結果を報告しています。また、WILは、DINAガイドラインで提示される統一的な手法にしたがって、主要国における所得・資産分布についてチームで推計した結果について、World Inequality Databaseを整備し、World Inequality Reportで概要を公表しています。例えば、所得や資 56 ファイナンス 2023 Dec.DINA(Distributional National Accounts)とは何か:国際比較可能な不平等の計測に向けた取り組み*1

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