*13) Boehm et al(2023)Figure 5 Panel 9,10を参照。参考文献Boehm, J., Fize, E., & Jaravel, X.(2023). Five Facts about MPCs:Evidence from a Randomized Experiment.(under review on Nov 26).Borusyak, Jaravel, X., & Spiess, J.(2023). Revisiting Event Study Designs:Robust and Efficient Estimation. arXiv.org. https://doi.org/10.48550/arxiv.2108.12419Broda, & Parker, J. A.(2014). The Economic Stimulus Payments of 2008 and the aggregate demand for consumption. Journal of Monetary Economics, 68, S20–S36. https://doi.org/10.1016/j.jmoneco.2014.09.002Crandall-Hollick, M. L.(2020). COVID-19 and direct payments to individuals:how did the 2008 recovery rebates work?([Library of Congress public edition].). Congressional Research Service.Miller, D. L.(2023). An Introductory Guide to Event Study Models. The Journal of Economic Perspectives, 37(2), 203–230. https://doi.org/10.1257/jep.37.2.203Parker, Souleles, N. S., Johnson, D. S., & McClelland, R.(2013). Consumer Spending and the Economic Stimulus Payments of 2008. The American Economic Review, 103(6), 2530–2553. https://doi.org/10.1257/aer.103.6.2530内閣府.(2023).特別定額給付金が家計消費に与えた影響 -リアルタイムに記録される家計簿アプリデータを活用した分析-.政策課題分析シリーズ第22回. ファイナンス 2023 Dec. 33ヘリコプターマネー批判のその先へく伸ばすことを示した*13。その上で、これらの特徴のうち世帯の年齢や受給者の性別といった特徴がより大きい説明能力を有することも示した。例えば男性が消費した平均額は40%に及ぶにもかかわらず、女性はほぼ0%に留まる。最も高齢のグループが消費した平均額は60%に及ぶが、最も若年のグループは0%に留まる。論文内で指摘されているように、現金給付の対象世帯を性別や年齢を用いて制限することは公平性の観点から問題があるが、広報や手続的な面での重要なヒントであると言える。さらに、Boehm et al(2023)では、いずれかの仕組みを施したカードを受領した場合、衣服などの半耐久消費財や家具や電化製品といった耐久消費財の購入に対して多く消費されていることも明らかにした。短期間に給付金を消費しきるインセンティブがある中では、日用品のような比較的安価な財以外のものを買う方向に流れやすいと解釈できる。従来から現金給付政策をめぐる議論において、日用品の消費に使われるだけでは貯蓄に回っているのと変わらないという問題意識のもと、給付金の用途を限定するべきという主張があるが、3週間程度の使用期限やマイナス金利を付与することで、日用品の買いだめやランニングコストへの充当に対して一定の歯止めをかけることができることを示唆している。Boehm et al(2023)の示した上記の結果を2020年に日本で実施された10万円一律給付政策に思い切って応用してみることで、政策の制度設計によるインパクトを共有することができるかもしれない。本研究が2020年の日本の経済情勢において支給金額に問わず妥当すると仮定すると、日本全体で給付された約12兆円のうち、23%である2.76兆円が実際に消費に回ったと考えることができる。仮に、同様の規模の消費を喚起することを政策目標として設定するならば、給付金に対して3週間の使用期限を付することで、2.76兆円/0.61=4.52兆円(1人あたり3.76万円)だけ給付すれば同様の政策効果を達成できると試算できる。受給者が消費するインセンティブに働きかける仕組みを実装するためには給付システムの整備や民間企業との協調が必要となりうるが、およそ数兆円が浮いて他の政策に使えると考えれば安いものだろう。おわりに以上で紹介した一連の研究が示すように、現金給付がどれだけ消費に回るかを特定することは難しい問題であり、統計的に厳密になればなるほど、高い政策効果が存在することを主張することは困難になっていく。他方、現実的に考えれば、今後私たちが生活する社会が経済危機に見舞われた際、政策効果が薄いという理由だけで、いかなる形でも現金給付政策は実施しないということはあり得ないことも事実である。ということは、支給された現金がより消費に回りやすくなるような制度設計を考え、マイナンバー制度の普及や中央銀行デジタル通貨の研究が進んだ暁に実装できるようなインフラ作りを今日から進めておくのが、長い目で見た最適な解であることを昨今の研究結果が示唆しているといえよう。
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