ファイナンス 2023年12月号 No.697
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3週間の使用期限ありマイナス金利ありカードの特徴仕組みなし23%61%35%*7) Borusyak et al(2022)Table 3の2行目を参照。*8) いずれの種類も受領後6ヶ月後に使用不可となり、使い切らなかった残高は、期限付きのカードを除いて、自身の口座に移る。*9) 類似の政策として、2021年に北アイルランドで100ポンドのプリペイドカードが約2ヶ月の使用期限付きで給付された。*10) 日本のコロナ給付金に関する内閣府(2023)の研究結果と近い数値である。*11) Boehm et al(2023)Figure 5 Panel Aを参照。*12) 生涯所得の指標として、受給前1年間の平均月間消費額を使用していることに注意。平均消費割合図表2:カードタイプ別の平均消費割合う。次に、Staggered DIDを用いてこのような性質を持つ政策の平均的効果を計算すると、短期的な政策効果に強くバイアスのかかった平均的効果を計算してしまうことを示した。つまり、Broda and Parker(2014)の提示した「50%から74%」という検証結果は、正しい値より高い方向にバイアスがかかっているのではないかということである。上記の点を踏まえ、改めてBroda and Parker(2014)が使用したものと同じデータを用いて2008年給付の効果を再検証した結果、2008年給付が各人に到達した後3ヶ月の間に消費に回った金額は平均して24.8%から36.6%に過ぎないという元の研究結果を大きく下回る結果*7を示した。2014年と2023年の両研究から得られる示唆として以下の2点が挙げられる。1点目は、単純に現金を給付するだけではそのうち半分も消費されないということ。統計的・技術的な手法によって検証結果はそれなりにブレるものの、給付後3ヶ月間の政策効果の相場感は現時点で30%程度であろう。2点目は、質の高いデータを用いた事後検証を実施することが継続的な批判的検証につながるということ。Broda and Parker(2014)が示した検証結果は不正確であることがBorusyak et al(2023)で明らかにされたものの、見方を変えれば当時信頼性の高いデータを収集したおかげで検証の手法を発展させることができたとも言える。他方、現金給付政策の効果は薄いと結論つけることは早とちりであり、給付政策の制度をうまく設計することで現金給付の効果を大きく向上させることができることを示したフランスの経済実験を見てみよう。政策をうまく“設計”すれば効果が上がるかも?Boehm et al(2023)は、2022年5月から10月にかけて、フランスの商業銀行であるクレディ・ミュチュエル・アリアンス・フェデラルに口座を保有する約1000人をランダムに選択し、300ユーロのプリペイドカードを実際に配布する実験を行った。なお、このカードの配布対象者の抽出にあたっては、フランス国民からランダムに選ばれたと言えるようにするため、居住地や年齢などの属性を加味している。このカードの使用履歴や配布対象者が保有している銀行口座の出入金記録、配布対象者へのアンケート結果を通じて、カードの受領からどれだけの時間経過で、どれだけの金額が何に消費されたかを計測した。この実験において配布されたプリペイドカードは3種類*8あり、1つ目はカードの配布から3週間経つとカードを使った決済ができなくなるもの、2つ目は週ごとに10%の「金利」が差し引かれるカード、3つ目はこれらの仕組みがないカードである。Boehm et al(2023)は、これらの3種類のカードを受領した個人がどのように消費行動を変化したかを観察し、比較することで、政策の制度設計が大きく政策効果を高めることができることを示した*9。実験の結果、各カードの配布後4週間以内に消費に回った金額は、消費を後押しする仕組みを施していないカードを受領した場合は70ユーロ(23%*10)、使用期限を付したカードを受領した場合は183ユーロ(61%)、マイナス金利を付したカードを受領した場合は106ユーロ(35%)であった*11。この結果は、現金給付政策の実施にあたって給付金に使用期限を付することで政策の効果を2倍以上高めることができることを示唆している。また、各カードの配布後3ヶ月後に消費に回った金額について世帯の特徴別に見ると、資産が少ない世帯・直近の所得が少ない世帯・生涯所得*12が少ない世帯・高齢世帯・男性が現金給付後に消費をより大き 32 ファイナンス 2023 Dec.

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