ファイナンス 2023年12月号 No.697
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*1) 本稿内の意見に関する部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。本稿執筆につきご助力いただいたXavier Jaravel氏に感謝申し上げます。はじめに私たちが日々生活している社会はしばしば深刻な経済危機に見舞われてきた。各国政府は経済危機が私たちの経済活動にもたらすショックを乗り越えるため、多様な経済政策を実施してきた。たとえば、2007年頃のサブプライムローン問題に起因する経済危機において、米国政府は需要を喚起すべくTax Rebateの形で現金給付措置を実施した。また、2020年頃に各国が直面した新型コロナウイルス感染拡大に伴う経済危機においては、日本で全国民へ10万円が給付された。このような現金給付政策は、経済危機に直面し、停滞した消費活動を喚起することで経済活動を動かすことができうる一定程度有効な手段である。他方、このような現金給付政策は、政府の債務状況に重い負担を強いることや、支給された現金が必ずしもすべて消費されないこと、各人の困窮状況に応じたきめ細かい給付ではないことから、いわゆる「ヘリコプターマネー」や「バラマキ」と揶揄されがちである。このように現金給付政策の効果が疑問視されてきたことから、給付措置が消費に与えた影響について途方もない数の研究が積み重ねられてきた。本稿では、2008年に米国で実施された給付措置についての研究と2022年にフランスで実施された経済実験を読み解きつつ、どのような制度設計をすればより良い政策になるのかについて考えてみる。米国で2008年に実施された現金給付政策の仕組み米国の現金給付政策を定めたEconomic Stimulus Actは2008年1月に議会を通過した(以下「2008年給付」とする)。2008年給付の大まかな内容は、2007年の確定申告の情報をもとに計算された所得税の金額に応じて、1人当たり300ドルから600ドルのBasic paymentのほか、子供1人あたり300ドルのSupplymental paymentを給付するものであった。この2008年給付は一般にTax rebate(税金還付)と呼ばれることが多いが、実質的には景気悪化に備えて投資や消費を喚起するために実施された現金給付政策である。一定以上の収入を有する国民は、収入額に応じて段階的に支給額が減じていく仕組みになっており、より打撃を受けていると想定される低所得者層に手厚い形で制度が設計されていた。米国全体で見たときの支給金額は1兆ドル弱(当時のGDP比では約2.6%)で、2008年第二四半期に788億ドル、第三四半期に150億ドルが支給された。具体的な執行方法について、2007年の確定申告による所得税の還付金を銀行振込(direct deposit)で受け取った国民は2008年給付においても銀行振込で受けとることができ、そうでない国民は2007年の確定申告時に登録した住所に小切手(paper check)が送られてくる仕組みになっている。この銀行振込及び小切手の郵送は2008年5月から7月にかけて毎週実施されていったところ、各人が給付される具体的な日程は、受給者の社会保障番号(Social Security Number)の下二桁に応じてランダムに決定された。この給付の日程をランダムに決定する仕組みは、後に触れる研究のリサーチデザインを可能ならしめている。London School of Economics and Political Science 柄川 宥人*1 30 ファイナンス 2023 Dec.ヘリコプターマネー批判のその先へ-現金給付政策をより良くするための制度設計について-

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