ファイナンス 2023 Oct. 69の言説は尚更そうである。実例を見よう。「国債の評価は政府のガバナンス、つまりは財政の健全性で決まる」との言説は断定表現なので確率100%の言説である。「コロナ禍が終わっても財政赤字の拡大を容認することは、国債の格付けに影響しかねない」との言説は断定表現ではないので確率100%未満の言説であるが、「しかねない」に込められた確率は、書き手と読み手の間で、或いは異なる読み手の間で理解が一致しているのだろうか。理解の一致のために定量的な確率表現が良さそうだが、文脈を離れて数字が一人歩きする危険もある。人口、労働力、経済の動向を踏まえて5年毎に年金財政の健全性を診断する「財政検証」を例に考えよう。最新の「2019年財政検証」は、経済成長率の方向性を決定づける全要素生産性上昇率(技術進歩や生産効率化など質的成長要因の上昇率)の2029年度以降の長期の見通しとして、ケースⅠ(全要素生産性上昇率1.3%以上)からケースⅥ(同0.3%以上)まで6ケースを設定した。例えばケースⅢ(同0.9%以上)は過去基準率の誤■あなたは生命保険加入時の検査で1万人に1人しか罹患しない病気の陽性反応が出た。検査で偽陰性は出ないが、偽陽性は1%の割合で出る。あなたの罹患率は100%-1%=99%…は正しくない。即ち、罹患者1人、非罹患者9999人。偽陽性者=非罹患者×1%=99.99人。陽性反応者=罹患者+偽陽性者=100.99人。陽性反応者の罹患率=罹患者÷陽性反応者=0.99%と1%未満なのだ。条件つき確率、逆転の誤■条件つき確率は命題Xが真(=成立確率100%)である時の命題Yの成立確率を指し、逆転の誤謬は条件つき確率をその逆の条件つき確率(=命題Yが真である時の命題Xの成立確率)と混同することを指す。例1は混同の余地はなさそうだ。他方、米国の実際の陪審員裁判に基づく例2は、ゾッとする結論だが、評者は混同の沼から暫く脱出できなかった。例1 命題A「全ての猫は黒い、かつ彼は猫である」が真である時の命題B「彼は黒い」は真。命題Bが真である時の命題Aは真偽不明。例2 被疑者のDNAと犯罪現場の毛髪のDNAとが一致した。犯罪科学者は「毛髪が被疑者のものでな 30年間の全要素生産性上昇率の実績値の63%をカバーする。頻度説に立てば、ケースⅢが確率63%で「各年度に」実現すると考えるのは正しい一方、ケースⅢが確率63%で「継続的に」実現すると考えるのは正しくない。ケースⅢが5年度続けて実現する確率は、各年度の全要素生産性上昇率が互いに独立なら、(63%)⁵=10%となるからだ。(「確率」か「確からしさ」か)評者の年代は小学6年時と中学2年時に確率を学習したが、小学6年時は「確率」の代わりに「確からしさ」と称された。当時の評者は「仮名交じりにわざわざ言い換えなくても確率でわかるのに!」と生意気な態度だったと記憶するが・・・実は「確からしさ」は明治初期の数学者による原語(英語のプロバビリティ)の翻訳に由来するようである。遅すぎる反省を込めて言えば、「確率」は「率」を含むため数字のニュアンスが強い一方、「確からしさ」の方が原語のニュアンスにも、確率論の議論の実態にも近いのではないか。い場合、DNAが一致する確率は100万分の1未満」との科学的知見を披露した上で、法廷尋問を進めたところ、同じ犯罪科学者は「DNAが一致する場合、毛髪が被疑者のものでない確率は100万分の1未満」といつの間にか主張していた。モンティ・ホール問題テレビのクイズ番組で、1番~3番の三つの扉のうち一つの扉の裏に賞品の車を、二つの扉の裏にハズレの山羊を無作為に置く。ゲストが1番を選ぶと、扉の裏を見られる司会者は裏に山羊を置いた3番を開く。司会者から「2番に変えますか?」と問われたゲストは選択を変えるべきか? 正解はイエスでその理由は、1番の裏に車を置いた確率は1/3⇒2番の裏又は3番の裏に車を置いた確率は1-1/3=2/3⇒3番の裏に山羊を置いた情報を加味すると2番の裏に車を置いた確率は2/3となる。正解したゲストはIQの高い数学の素人だが、多くの数学者は「1番の裏に車を置いた確率も2番の裏に車を置いた確率も同じ1/2」と反論し、更には「数学を一から学べ」と正解者に説教する数学者も現れた。「数学界の常識が数学の非常識」になりうることを示す出来事である。
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