ファイナンス 2023年10月号 No.695
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岩波書店 2019年6月 定価 本体2,400円+税度説(確率とは物事の頻度で、確率値は一定に決まる)、傾向性説(確率とは物事の頻度自体ではなく、物事の頻度を決める安定的な傾向性で、確率値は一定に決まる)が主張された。多彩な学説を巡って、特に哲学界では「正しい学説はどの一つか」的な論争が行われがちだが、著者は特定の学説を支持する一元論ではなく、課題に応じて関連深い学説の知見を動員する多元論を採る。例えば有名問題で見ると、「基準率の誤謬」は頻度説で、「逆転の誤謬」は論理説で、そして本年5月に民放テレビの深夜番組で扱った「モンティ・ホール問題」は傾向性説で考えれば理解し易いと著者は言う。同じく著者曰く、現代物理学は確率論と密接に関わり、しかも確率論の様々な学説と整合的であるとのこと。(財政経済のために研究された確率論)本書に書かれていない点も含め、ケインズの確率研究を紹介しておく。元々数学徒だったケインズの著書「確率論」は、確率の理解は推理過程を体系化し、曖昧な知識を明瞭な知識に変化させると主張する。最新のケインズ研究によれば、ケインズは学界(母校ケンブリッジ大学教員)と官界(大蔵省職員として第一次世界大戦後のパリ講和会議に参加)とを行き来する中で、個人が不確実な状況下でも合理的に行動しうることを論証すべく確率研究に励んだという。ケインズが「確率論」と同時期に著した「平和の経済的帰結」はパリ講和会議がドイツに課した高額すぎる賠償を批判し、公共投資によるドイツを含めた欧州各国の共存共栄こそ重要であると説く。景気低迷時に公共投資による合理的個人の「気」の刺激の重要性を説いたケインズの主著「一般理論」がこうした研究・実践の延長線上にあることは想像に難くない。(財政経済の言説における確率表現)本書を読んで改めて振り返ると、定性表現の中に隠れている場合も含め、およそ言説は確率表現を含むことが多く、特に将来予測に関わることの多い財政経済FINANCE LIBRARYファイナンスライブラリー(数学書コーナーの非数学書)財務省大臣官房 財政経済特別研究官 名古屋大学客員教授佐藤 宣之ダレル・ロウボトム 著/ 佐竹 佑介 訳/一ノ瀬 正樹 解説確率 68 ファイナンス 2023 Oct.評者「財政経済研究に確率論の理解は必須に違いない」後出の合理的信念ではなく一時的情念の赴くまま、本年7月に都心の大型書店を訪ねて「数学書」コーナーの「確率論」の棚に猪突猛進したところ、周りの数学書とは毛色の異なる本書と目が合った。本書は、英国ケンブリッジの出版社ポリティプレスの「現代哲学のキーコンセプト」シリーズの一冊で、物理学徒から哲学徒に転じた著者曰く、あらゆる確率学習者の興味をそそる入門書を目指したとのこと。「訳者あとがき」の通り、記述は簡潔、平易で、多くの具体例を用いて説明され、また要所で著者と学生との対話形式を採って確率論の各学説の動機や思考過程、問題などが批判的に追えるようになっている。著者は確率の知識を使ってサイコロで大勝した実体験を紹介し「確率を知らないと人生で良くない決断を下す」と語る。誰もが本書に無関心ではいられない。(確率論の系譜と多彩な学説)確率論は、哲学、数学、経済学、統計学、物理学等様々な学界で議論され、多彩な学説が生まれた。ただし違う学界での議論には無関心・不寛容な傾向があり、学界横断的な検討は必ずしも進んでいないようだ。著者の見立てでは、確率論の多彩な学説は「人間が保有する情報の状態」に即した学説と「人間が所在する世界の状態」に即した学説とに分れる。「人間が保有する情報の状態」に即した学説として「ファイナンス」読者には経済学者として有名なケインズの論理説(確率とは命題同士の論理的関係に基づく客観的な合理的信念の度合で、確率値は一定に決まる)を始め、主観説(確率とは各人各様の主観的な合理的信念の度合で、確率値は各人で異なる)、客観的ベイズ説(主観説に客観的要素を加味することで、確率値は一定に決まる)が主張された。著者の見解では客観的ベイズ説は論理説と余り変わらないとされる。「人間が所在する世界の状態」に即した学説として頻

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