ファイナンス 2023年9月号 No.694
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PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 23 ファイナンス 2023 Sep. 57転職が多くない社会では、キャリアパスを追い続ける意義は低く、クロスセクションデータで充分足りるという事情もあり、新しいデータを作るには、統計当局と密接に協力する必要があると思います。上田:人材の配置状況の把握は、昔であれば、企業の人事部がそれをやっていたということかもしれません。生産性を最大限上げていこうと考える際、企業の人事部の役割が相当大きかったのだろうと思いますが、今、企業の壁を越えて、どういう経験、技術または教育が大事で、誰がそういった経験や技術を持っているかという情報がどこにもないように思います。宇南山:社内で完結した時代であれば、こんなキャリアをこれぐらい積んだ人物が、今、力を持て余している、というような実態を把握できる人が社内にいたということですよね。それが今や力を持て余している人がキャリアに見合ったポジションに居るかどうかを本人以外知る人がいないという状況になっているのだと思います。その意味では、職業紹介、公的にはハローワークのような機関の役割は重要なものです。しかし、ある程度のキャリアのホワイトカラー労働者はハローワーク経由で転職していないという実態がありますので、いわゆるキャリア支援系の企業が持っているリソースを活用していくことが重要になります。転職市場の全体像をモニターできるような情報が必要で、今のところだと、就業構造基本統計調査が辛うじて転職の情報を取っていますけれども、必ずしも事業所の情報と結びついていないので、実際どんな仕事をしていたかは詳細には分からないという問題があります。統計としてはそこを強化することが必要かと思います。ただし、人材配置の課題はより単純なものかもしれません。現状の労働市場では医療・介護産業が人材のブラックホールのような状態になっていると感じています。例えば、高度人材の中で医師を目指す者が増え続けていますし、労働市場に新規に参入する人は介護産業に入っていく状況です。こうした人材配置が、生産性の観点からどのような意味を持つのかを十分に分析することが必要だと思います。上田:生産性に関する議論のほかに、財務省あるいは財務総合政策研究所に対して、どのような議論や研究をしていくことを期待されますか。宇南山:資金循環の一環として、財政赤字なり国債の累増という問題をもっとピックアップしてもいいかなと思います。あとは、統計が乏しい部分ではありますが、海外との資金循環の部分ももっと見てもいいと感じます。加えて、個人的に過去研究していたことではありますが、均衡為替レートの研究が上げられると思います。私が為替レートの論文を財務総研のフィナンシャル・レビューで書かせてもらった1999年頃は、このテーマは注目を浴びていました。それ以降、均衡為替レート、より一般に為替レートそのものを一大事のように取り上げる機会はすごく減っているように感じます。たとえば、1ドル90円を切って円高局面になった東日本大震災後は、震災処理等他のこともあったために、言わばそれどころではないという事情もあったかもしれませんが、ほとんど議論されませんでした。また、その後一気に円安局面になったのですが、私から見える印象では、為替が大問題だという意識は今一つ盛り上がっていなかったように思います。今では、原油価格の変動が大問題であるようにクローズアップされていると感じますが、為替変動もなかなかのインパクトを与えているはずです。企業の内部留保とも密接に関係しているのでしょうが、いったいこの為替レートの動きが何によって生じて、今後どうなるかということは、注目すべきテーマだと思います。均衡為替レートを一言で説明するのは難しいですが、長期的に国際的な一物一価を成立させるようなレートを均衡為替レートと呼びます。正確には、貿易財の価格の一物一価を成り立たせるのが実際の為替レートで、もし均衡為替レートが成立していれば、輸出しても国内で売っても同じ程度儲かることになるので、ごく自然にISバランスで貿易収支が決まる世界になります。一方で、非貿易財には一物一価が成立しないので、均衡為替レートの下でも、日本は物価が安いとか高いとかいった一般物価の地域性が生まれます。さらに、短期的には、日米の金利差を踏まえて、期待利子率の均衡によって、

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