ファイナンス 2023年9月号 No.694
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*3) どのような雇用者が企業に雇われているかが時系列で把握することができる「雇用者・被用者データ」。労働経済研究の分野では近年重要視されてきている。 56 ファイナンス 2023 Sep.すると2000年代には日本の生産性の上昇率に問題があったのかもしれません。2000年代前半当時は、IT化の初期で、アメリカ、イギリスといったIT先進国との間で差がついてしまったのではないかという印象を持ちました。もしかすると、この2000年代初頭の差によって、生産性に対する問題意識が生まれたのかもしれません。しかし、その差がある程度解消しつつあるにもかかわらず、当時の問題意識に基づいて「生産性が問題の根源だ」と論じているとすれば、それは必ずしも正しくないかもしれません。上田:研究会で内部効果が議論に上ったときに、事業所あるいは企業間のような同業種での移動=リアロケーションというものが大事になると考えました。同じ産業の中でも、より経営が優れているところに人や経営資源がうまく移っていくということが必要なのかもしれません。宇南山:一方で、そこに勤める労働者の質の違いが影響している可能性もあります。例えば、居酒屋に勤めてる人と三ツ星レストランに勤めてる人では、同じ飲食業ですが、スキル等に関係なく高付加価値の方に移動できるかというとそういうわけにはいかないでしょう。やはり、同一産業内であったとしても、スムーズな再配分はなかなか難しいと思います。上田:今、政府では、リスキリングなど、再配分を促す仕組みを進めているところです。宇南山:もし労働移動ができないのが単に教育投資が不足することで、ヒューマンキャピタルの低さが問題となっているなら、リスキリングでは足りません。ゼロからの「スキリング」が必要ということになりますので、一定の投資は不可欠です。研究会では、生産性向上のための新しい設備などへの投資が不足しているという議論がありましたが、人的資本でも全く同じ構造があるのかもしれません。上田:一方で、企業が自ら教育した人材が途中で別の企業に移動してしまうと、企業に最終的なリターンが入らないので、教育投資に躊躇し、それによって人材への投資全体が不足する可能性があります。また、IT投資を加速しようという場合には、職務の再編が必ず必要になってきますが、それに取り組まなかったために、既存事業の精緻化にとどまってしまった可能性があるのではないかと感じています。今後、生産性の議論を深める際に、必要とされる研究について、宇南山さんはどのようなものを考えていますでしょうか。宇南山:生産と所得の結びつきの微妙なズレがいろいろ議論のねじれを生んでいるという意味でいうと、今回の報告書の中にもありますemployee-employerのデータセット*3を用いた研究というのは役に立つでしょう。あとは、労働者のパネルデータですね。同一の人間のキャリアパスを追いかけるということが非常に重要になると思います。再配分効果を考える場合は、ある特定のスキルセットを持った人がどのような会社でどのような仕事をしてどのくらいの給料をもらっているのかということを追跡できることは、意義があることだと思います。ただし、実際にパネルデータを作ろうとすると、転職や転居を挟んだ履歴を追えるのかという、調査実務上の大きな課題があります。依然として5.今後の研究の方向性上田:

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