ファイナンス 2023年9月号 No.694
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54 ファイナンス 2023 Sep.ない付加価値の生産の増減を正確にとらえたいと考えて、実質化しようとする際に、すべてわざわざ物的単位に戻せるような物価指数を作ってしまうと、価値が上昇していると考えられる部分についてまで調整してしまいます。例えば、かつて一本100円で売られていたペットボトルの水が、なぜか200円で売れるようになったとします。もし、他の商品の価格も同じように倍になっていれば、これは単なるインフレでペットボトルの水の実質値では100円と評価されるべきなので、単純に物価指数で調整することで実質化ができます。しかし、もしそうでなく、何らかの理由で、付加価値をつけることができて、せっかく倍の200円で売れるようになったのに、それを全部打ち消すような物価調整をしてしまうと、おかしな気がします。物価指数を作るときには、「実質的」な意味で付加価値が増減している分まで調整してしまうべきではないということになります。物価指数の作り方は、品目としては同じだけれども中身の商品が入れ替わった場合に、商品の違いによる付加価値の差をとりのぞいて物価変動をとらえます。これは「品質調整」と呼ばれる普遍的な手順ですが、この方法だと同じ商品をより高く売るようになると、それは単なる価格の上昇と見なされて「生産」の増加とはされません。高付加価値経営のようなものを考える上では、品質を上昇させることも重要ですが、同じものを高く売ることで売上げを増やすことも重要になります。そうしたプロセスを正確にとらえることは非常に重要です。しかし、これが難しい。人口減少の局面を迎え、労働投入や物的な消費量は減るので経済が衰退せざるを得ないんだという見方は強く、消費量そのものが減ることによる生産の縮小、経済活動の縮小に対する悲観が日本の場合には強すぎるという印象があります。宇南山:アウトプット=生産性×インプットとすると、生産性を上げるほかに、インプットを増やす、特に一人当たりのインプットを増やすことが大切だと思います。日本の労働投入量の落ち込みは世界的に見てもかなり大きく、これを増やすことは不可欠だと思います。今は働き方改革を含めて一人当たりのインプットをいかに抑制するかという議論が中心になっています。もちろんワークライフバランスなど個々の事情は尊重されるべきですし、過労死につながるような働き方は否定されるべきですが、まだまだ活躍できる人がいる。所得や日本全体のGDPを考えるときには、労働時間ベースでのインプットをもっと増やせる余地があるのではないでしょうか。3.経済活動の縮小とインプットの減少上田:上田:研究会では、労働の代わりとなる資本の投入が不足しているのではないかという議論もありました。宇南山:廃業を視野に入れた企業は設備投資をしないので長期的には退出せざるを得ないけれども、一定期間は設備投資なり研究開発投資(R&D)をしない分、軽量経営が出来て少し生き延びられるというような話がありました。日本企業が資本のインプットを増やしていないのではないかという指摘は、おそらく事実としてあるでしょう。研究会では、その要因として長期的な日本の経済に悲観的な傾向があることが指摘されていました。上田:その一時的に企業が生き延びる現象は、研究会で宮川先生が「死の影(Shadow of death)」と表現されていたものですね。宇南山:短期的には問題を生じさせるものではなくとも、持続可能ではないという意味で、企業の海外移転の増加は、日本全体でみると一国版の死の影と捉えられるかもしれません。そのように考えるのであれば、今後の日本のあり方を考えるポイントは二つあると思いま

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