ファイナンス 2023年9月号 No.694
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PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 23 ファイナンス 2023 Sep. 53になりません。その意味では、測るべき生産性とは何かを考え、どのようにアウトプットを計測し、計測された生産性が様々な企業の活動とどう関係しているのかを明らかにすることから議論を始める必要があると考えました。これは、あまりに基本的なことに聞こえますが、現在の経済学の分野の「隙間」とも言える難しい論点です。「ミクロ実証」の分野では、個別企業のアウトプットが精密に計測されていますが、多くの場合、物的な生産物で計測されています。一方で、さまざまな企業・産業を横断的に分析する「マクロ経済学」では金額ベースの計測がされています。そのため、ミクロとマクロの議論が矛盾するなどの問題が発生するのです。生産性とは何かを固定しながら、異なる分野の研究者がいかに対話できるかがこの研究会の肝と考えました。上田:研究会を通して印象に残った議論や重要と思うメッセージはありますでしょうか。宇南山:議論を通じて改めて気付かされたのは、「生産」と「所得」は必ずしも一体ではないという点です。これは非常に重要なメッセージだと思います。賃金が上がらないことが日本の大問題で、その問題に生産性が密接に関係しているだろうと一般的には理解されていると思いますが、今回の研究会の議論を通じて、生産活動の水準と所得には必ずしも一対一の関係は見いだせませんでした。研究会では、生産性の上昇率については、日本が他の先進国と比べて特別劣っているわけではないことが確認されました。一方で、日本の「所得」の動向は、諸外国に比べ大きく見劣りします。この生産と所得の動向の食い違いには、労働人口比率が低いという問題や、為替レートが均衡レートから乖離しているという点が影響しているのではないかという印象は持ちましたが、その理由を完全には解明できていないと感じています。ただ、少なくとも日本の企業が、生産活動において何か駄目なことをしているから生産性が低く、そのせいで大きな問題が生じているという構図ではありませんでした。上田:近年は、日本だけが生産活動に関して他の先進国と比べて特別失敗しているわけではなく、企業や事業者は生産性を上げる努力は続けているわけですが、その一方で、生産性の伸びを所得の上昇に結び付けるような形が実現しているのかという点が重要だと思うのですが、いかがでしょうか。宇南山:それを実証的に示そうとすると、生産性計測の難しさに直面します。生産性を計測するときは、できる限りインプットとアウトプットが一対一に対応している状況を作って計算しなければなりません。実際、事業所のレベルになると、インプットとアウトプットの関係はかなりの程度一対一に対応させられます。しかし、そうして測った生産性からは、たとえば本社機能やR&D(研究開発)活動がもたらす生産性上昇が所得につながるような効果は除外されます。一人当たりGDPのようなマクロの指標で見ると、日本経済は停滞しているように見えるけれども、その要因を調べるために分解し、ミクロな分析を行っていくと、問題が起きてなさそうだということになります。事業所レベルに至る途中にある、生産性の計測で抜け落ちてしまうものをどうやって捕捉するのかが難しいのだろうと感じています。そもそも、生産性を計測しようとする際に、物的な意味での生産性に着目して正確に計測することがどこまで可能なのかという問題があるということでしょうか。宇南山:生産性の計測にあたっては、まず、アウトプットを金額で測ることから、実質化することが重要です。アウトプットは売上で測られますが、売上は価格と量のかけ算の結果のデータです。物的な生産性を計測するためには、価格変動の影響を取り除き、実質化しなければなりません。物価指数を作る人間としては、究極的に、何か物的な単位に戻せるような価格が欲しいわけですが、一方で、そもそも一般的な物価の上昇では2.生産性の計測と品質調整上田:

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