ファイナンス 2023年9月号 No.694
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ファイナンス 2023 Sep. 33いうことだ。新たな危機は常に認識に先行する。そうであれば、私たちに必要なことは、無知を自覚し、『一つ前の戦争を戦う将軍』にならない、という謙虚ある決意であると思われる」とする。上記にあるとおり、本書の叙述には、現在の金融庁の事業性評価政策にいたるまで、かなり手厳しい批判がいたるところで展開されている。それぞれの個別の指摘の当否にふれる能力も紙面もない。ただし、1点だけ筆が走ったのではないかと思うのが、「金融システムはあくまで民間の努力によって守られるべきものだという主計局の“常識”」(205頁)と断じている箇所である。旧大蔵省が、財務省設置法の所掌事務の規定に「健全な財政の確保、国庫の適正な管理、通貨に対する信頼の維持及び外国為替の安定の確保の任務を遂行する観点から行う金融破綻処理制度及び金融危機管理に関する企画及び立案に関すること。」を規定するように政府・与党内のぎりぎりの調整に尽力した判断はなんだったのか、の説明が必要と思われた。評者には、金融の究極的な安定は国家財政に由来していると考えるのが素直で、主計局の「機関哲学」がそれを否定しているとは思わない。いずれにしても、個人的には、小熊英二著『〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性』(新曜社 2002年)を読んで以来の、本の分厚さ・詳細な注に圧倒される読書であった。著者のジャーナリストとしての圧倒的な筆力に支えられ、また、日本版ビッグバンの際の証券局課長補佐、97年金融危機をはさんだ時期の文書課課長補佐、その後の地域経済活性化支援機構や沖縄振興開発金融公庫勤務、2度の財務局担当の地方課長の経験などを踏まえて、本書を興味深く読み進めること自体は存外難しくはなかった。旧大蔵省の組織・人事、金融規制、中央省庁改革、平成政治史などについての基本的な知識は他で補うことは前提とされているが、近時アメリカやスイスでの金融危機の発生も踏まえれば、本誌読者には一読の価値ありの労作である。なお、『平成財政史 平成元年~12年度 6 金融(含む金融資料)』(財務省財務総合政策研究所財政史室編)が、2019年3月に発刊された。他の巻とは違い、金融庁発足の平成12(2000)年7月1日までを対象としている。監修者(林健久、石弘光、堀内昭義の各氏)は、「監修者のことば」(平成24(2012)年3月)の中で、平成元(1989)年から12(2000)年という対象期間について「この期間は、東西冷戦体制の崩壊とグローバリゼーションの急展開という外の世界の激動の中にあって、内ではいわゆるバブル経済とその崩壊、それに続く喪われた10年などと呼ばれる経済不況の継続と金融危機・財政難の時代であり、政治的には単独政権から多党並立の政治へと転回するなど、多事多難の年月であった」としていることを紹介しておく。

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