(2)ヨーロッパでのホームレスプロジェクトヨーロッパでは多くの都市が80年代以降、文化による都市の再生に取り組みましたが、その取り組みの中で必ずアートセンターを作ってきました。それも社会的弱者が参加しやすいような場所に作るのです。一番象徴的な例は「ホームレスプロジェクト」でしょう。ヨーロッパの多くの美術館やコンサートホールで行われている、ホームレスの人々を支援するためのプロジェクトです。ホームレスの人々が月に1回程度、コンサートや美術展、スポーツ鑑賞などに招待されます。これらの活動を通じて、生きる意欲や労働意欲を取り戻してもらうことが目的です。このようなプロジェクトは、非常に安価なホームレス対策とされています。日本でも、大阪の西成地区では、大阪市立大学などがアートによるホームレス支援を行っています。その中でも一番面白いのは、元ホームレスの人たちによる紙芝居劇団です。彼らは4~5人で、保育園や老人ホームなどを回り、紙芝居を演じます。何かの役に立つと感じることで、彼らは朝きちんと起きるようになり、前の晩お酒も控えるようになるのです。これは「自己有用感」と呼ばれます。教育学の世界でも、最近は「自己肯定感」から「自己有用感」へと移行しており、「自分が誰かの役に立っている」という感覚が重要だと言われています。失業に関しては、雇用がないことではなく、自分に合った仕事が見つからないことが問題だと思うのです。例えば、黙々と仕事をしてきた製造業の人が失職するとハローワークに通うことになりますが、求人の多くがコミュニケーション能力を求める接客業であった場合、自分に合った仕事がなかなか見つからないことがあります。そんな時、自分が必要とされていないと感じてしまうそうなのです。まさに自己有用感の欠如が生じるのです。北欧の雇用政策では、雇用保険を最長3年間まで延長することができます。失業者は、最初のうち演劇やダンスのワークショップを受講したり、ボランティア活動を経験したりすることができます。これらの活動を通じて、他者の笑顔が自分の幸福につながることを体験することができます。その後、時間をかけて自分に合った仕事を見つけるのです。一方で、未だに日本は「エクセルとワードができないと再就職できません」と言われるのです。手に職をつければ食っていけるという発想自体が、昭和の発想だと思います。それよりも「自己有用感」を高める方向に、考え方を変えたほうが良いと思うのです。中高年の引きこもり、孤立、孤独死は日本にとって深刻な問題です。先日の長野の立てこもり事件、京都アニメ放火事件、大阪の心療内科放火事件も、全て社会的孤立の問題です。江戸川区が昨年行った大規模調査で、ショッキングな結果が出ました。40代の女性が人口比で引きこもりが最も多かったのです。これは就職氷河期の影響だと考えられます。その女性たちは、とても優秀で四年制大学を出ているのですが、就職活動の時に100社受けて100社落ちた人たちなのです。その結果が現在の40代女性の引きこもり増加につながっているのです。引きこもり、孤独死、孤立死は社会全体にとって大きなリスクとコストです。そのため、私たちは考え方を変える必要があります。失業者が平日の昼間に劇場に来ることを奨励し、「社会と繋がっていてくれてありがとう」「引きこもらないでいてくれてありがとう」「無料で結構ですので、楽しんでください」と考えた方が、身体的文化資本の負の連鎖を断ち切ることができる。これを「文化による社会包摂」と言います。日本はかつて地縁血縁型の社会でしたが、戦後崩壊し、企業社会が台頭しました。しかし、90年代以降のグローバル化に伴い、企業は労働者を守る必要がなくなってしまいました。振り返ると地縁血縁型社会もない。これが今の「無縁社会」の正体です。日本は最後のセーフティネットである宗教も弱いため、先進国の中でも最も人が孤立しやすい社会なのです。孤立が進むと、社会全体のリスクとコストが増大します。だからこそ、孤立を防ぐことが重要なのです。社会学では「ゲゼルシャフト」と「ゲマインシャフト」、つまり利益共同体と地縁血縁型共同体という概念があります。その中間に、私が「関心共同体」と呼 58 ファイナンス 2023 Aug.(3)中高年の引きこもり、孤立、孤独死(4)文化による社会包摂
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