FINANCE LIBRARYファイナンスライブラリー評者斎藤 次郎本書は、若者の貧困について、CCS調査という極めて斬新な調査分析手法を駆使して、従来の類型的学説による常識的な要因分析とは異なる画期的な結論を導き出した睦目すべき一冊である。著者の日下部元雄氏は、世銀副総裁等を歴任された財務省きっての国際派であるが、同時に東大数学科大学院修士課程修了(修士)、エール大学経済学部博士前期課程修了(経済学修士)の学究である。現在、オープン・シティ研究所を設立し、充実した調査研究活動を継続している。著者は、世銀、欧州復興開発銀行勤務時代に遭遇した様々な貧困削減分野での経験を基に、退職後、英国ロンドン大学LSE校客員教授としてロンドンに居住していた2011年、英国の15の都市で若者の暴動が起こり、日本でも若年無業者やホームレス問題が顕在化した事実に着目し、「どうして多くの若者が希望を失い、孤独・孤立・貧困になってしまうのだろうか」という問題意識の下で、オープンシティファウンデーション(英国法人)を設立し、日本学術振興会から助成を受けて、ロンドン、リバプール、新宿の3か所で、初めて後に詳述する「コミュニティー・カルテ・システム」による実態調査(以下CCS調査という。)を実施した。具体的には、これまでの貧困や格差研究が所得や消費などのマクロ的な分析や社会階層による分析を主体としていたのに対し、3年間に渉り、個人の生活史と家族・社会関係を通じ、どのような人がどのような経路をたどって貧困になるかという多次元・時系列なデータ(パネルデータ)を蓄積し、複合的・総合的な要因分析を行った。これにより、貧困や格差の問題は、経済的な要因のほか、幼児期からのメンタル・ヘルス面を含めた親子や友人・近隣関係などの社会的要因が大きく関係していること、家族や地域コミュニティーが持つ強み要因を活用した早期の予防対策が有効であることを初めて明らかにした。画期的な分析結果である。2013年帰国した著者は、厚労省社会援護局から研究委託を受け、英国における調査研究を更に重層的、多元的に発展させた大規模のCCS調査を行った。(注) 従来の社会調査の通常の手法である「無作為抽出方式」では、回答率20%程度、回答者の殆どが問題の無い高齢者であり、調査の目的としている社会的に排除されている人は全く回答していない。という事実が新宿区で試行した調査で判明している。1 調査都市の選定CCS調査の対象となる都市では、市内の調査協力団体20~40団体に対し、調査の趣旨を説明後、総計1,000通以上の調査票を配布してもらい、有効回答数を800程度確保してもらうことが望ましい。そこで、その能力のある都市を大都市圏、近郊都市、地方の中核都市のように都市の性格や地域の異なる都市がなるべく多く含まれるように慎重に選定した結果、川崎市、新宿区、瀬戸内市、各務原市など9都市が選定された。2 斬新な調査分析手法の確立(1)これまでの社会調査では、回答を得ることが大変難しかった(例えばホームレスのような)社会的排除を受けている人が正当に調査に組み入れられるようこれらの人が最も信頼を置いている地元の相談・支援機関の協力を得て調査趣旨の説明と質問票の配布を行うという方式により、200以上の協力団体の支援のもと、平均回答率80%という回収率を達成している。これが、このCCS調査の信頼性の基礎となっている。(2)これまでの社会調査では、「不登校」などのリスク要因として問題が起きた時の直接的要因だけを取り上げる例が多かったが、この調査では、幼児期から現在迄の主要な生活上の出来事を含む生活 44 ファイナンス 2023 Aug.日下部 元雄 著若者の貧困を拡大する 5つのリスク その原因と対応策晃洋書房 2023年3月 定価 本体3,800円+税
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