ファイナンス 2023年7月号 No.692
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*2) 成田悠輔著『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』(SB新書)*3) 財務省「より良い未来のために、今できることを考えよう」https://www.mof.go.jp/policy/budget/fiscal_condition/related_data/202304_fd.pdf写真 3 主税局調査課長 河本 光博 4 ファイナンス 2023 Jul.くことはできないとしても、予算や税で「ここはこう変えるべき」と考える点は何でしょうか。いったん政治的な難しさは無視したとして。松本課長 一つ挙げるとすれば、社会保障です。今後、少子化対策にせよ、GXやデジタルにせよ、社会課題を解決して経済成長にもつながるような支出を増やしていく必要があると指摘されています。他方で、ただでさえ大きくなっている社会保障予算も、高齢化に伴い、放っておくと更に膨らみかねません。効率化の取組が不可欠だと思いますし、負担のあり方も考えていく必要があると思います。河本課長 予算や税は本当はどうあるべきか、10人いれば10人の答えがあるような気がします。難しいのはやっぱり民主主義的なプロセスの中で、例えば1000の予算を10人で割ると1人100の利益ですが、1億人で分けると一人当たりはごくわずかになるため、その1000の予算を獲得したい10人の主張が、ほぼ利益を認識できないレベルの多数の声、つまり「無くてもいいじゃない」という声よりも大きくなるところだと思います。成田さんの最近の著書*2では、そうした多くの人の無意識レベルの選好を実際の投票にどう反映するか、という視点がとても面白いと思いました。成田悠輔さん 無意識データの活用にせよ、直接民主主義的な形にせよ、今とは別のやり方で予算編成を決めるとどうなるか見てみたいですね。松本課長 ご存じだと思いますが、政策検討の一つの考え方として、フューチャーデザインがあります*3。国民の皆さんに認知いただくとともに、予算の議論などでも活用できるといいと思っています。成田悠輔さん 現在の民主主義のもう一つの限界は将来世代が声をあげられないことですね。子どもの代理投票権を親に与えたらどうかとか、票を平均余命で重みづけたらどうかみたいなことは昔から言われています。私自身、票を平均余命で重みづけたら選挙結果がどう変わるか計算してみたところ、Brexitや米国大統領選の結果も覆ることがわかりました。河本課長 実際の制度を変えるには時間と労力がかかりますが、少なくとも意識をどう変えていくかということが、今できる大切なことだと思います。成田悠輔さん 先ほど、受益と負担の話がありましたが、それぞれの世代の受益・負担比率を計算して、「比率をすべての世代で一律にするには予算はこう変わらなければならない」といった見せ方をすることもできそうですね。先ほど松本さんから、社会保障を変えるべきとの話がありましたが、具体的にはどう変えるべきなのでしょうか。松本課長 医療や介護は国が値段を決めており、最近でも、医療や介護の従事者の処遇改善のために値段を上げるべきとの議論がありますが、利用者にとって負担増となることは、あまり認識されていないと思います。保険料負担にはね返ることも、意識する必要があります。病院や介護施設の経営状況はどうなのか、値上げが従事者の処遇改善にきちんとつながるのか等々、丁寧に議論をしていかなければならないと思います。成田悠輔さん この手の問題は利害対立を生まざるをえない論点なので、すぐに「世代間対立を煽っている」と騒がれて炎上します。その結果、触れないことが得になってしまっていて、情報や議論が尽くされなくなっているのが問題だと思います。ただ、目に見えないところで社会の雰囲気は変わってきているとも感じます。特別養護老人ホームで話を聞いていると、ここ5年くらいでご本人やご家族の死生観や終末医療観が大きく変わってきたという話を聞くことがあります。メディアや政治には見えないところにこそ本当の変化の萌芽があるかもしれません。表面上の炎上でアレルギー反応を起こさず、人々の隠された声を制度や政策にどのように反映させていくかが課題だと思います。社会的な議論の必要性について

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