66 ファイナンス 2023 Jul.これは、今回、国税庁との共同研究で申告所得税の税務データの利用が可能になったことにより明らかになったことであり、税務データの学術利用には、学術面のみならず、政策面においても重要な意義があることを示すと言えると考えます。なお、DPの補論として、今回、利用可能となった申告所得税の税務データに関し、現在進めている学術で分析できる状態に整える具体的な内容を説明し、それを反映した、従来よりも詳細な、様々な所得概念に対応した統計表の一部を掲載しています。現在、高額所得者の所得分布、課税所得の弾力性の推計、税制の再分配効果、マクロ経済学的なアプローチといったトピックにつき、引き続き分析を進めているところです。今後、様々な知見が得られると期待しています。稲葉:以前から税務データに基づく分析の必要性を訴えてきたとのことですが、なぜ税務データを研究に活用することが重要だと考えておられるのでしょうか。國枝:税務データを含む行政データには、主に次の3つの利点があります。第1に、標本数がきわめて大きい点です。統計やサーベイデータの多くは、国民の一部のみを対象とした調査ですが、多くの行政データは、より広い人々を対象としています。第2に、同一の個人の長い期間にわたるデータを含んでいる点です。これによりパネルデータを構築することができ、政策の長期にわたる効果等を調べるのに適しています。第3に、質の高いデータを提供している点です。統計やサーベイデータは、無回答、対象人員の減少および過少報告等の問題を抱えている場合も多いですが、行政データはこうした問題が発生しにくい利点があると思われます。現在、財政学においては、世界的にも税務データを用いた実証分析が主流です。逆に言えば、税務データを用いない研究は、国際的に評価されない状況にあります。稲葉:税務データを用いて分析することには、どのような政策的意義があるのでしょうか。國枝:今回のDPの後半では、これまでデータ不足で明らかでなかった超高額所得者層への所得集中が進んでいることを明らかにしています。特に、資本所得に係る格差が大きいことを示すことができ、これにより金融課税の強化という政策の必要性が明確になったと考えています。これまでの日本の税制を巡る議論では、学術的な評価に耐えるエビデンスに基づく政策判断が必ずしも十分行われていないことが少なくありませんでした。それに対し海外では、例えば貯蓄やポートフォリオ選択に関し、減税によるインセンティブは限定的で、行動経済学に基づく政策が有効なことが実証的に確認されており、その学術的根拠に基づき、行動経済学に基づくスキームを税制で支援する方向に政策が転換されてきています。日本でそうしたアプローチがなされてこなかった背景としては、そもそも税務データの学術的利用ができないため、税制の効果についての研究者による実証研究が難しかったことがあります。税務データの利用を拡大することは、日本における財政学の研究水準の引上げに寄与するだけでなく、日本の税制を巡る議論をエビデンスに基づくものとし、政策の質を向上させる点でも重要な意義を持つものと考えています。稲葉:現在利用している以外の税務データを扱う研究を行
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