ファイナンス 2023年7月号 No.692
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言語について ファイナンス 2023 Jul. 61ついてパーソナリティについては、日本人はとにかく、おとなしい(reserved)、シャイ(shy)、几帳面(punctual)、まじめ(serious)、笑わない(poker-faced)など、よくあるステレオタイプで形容されるが、自分の感覚としてもまあその通りかなと思う。実際、自分もどちらかというとこれらのカテゴリーに属していると思うし、周りの日本人の同僚も、皆さん大変優秀であることは言うまでもないが、同様な印象の人々が多い。他方で、外国人はというと(もちろん色々な人がいるということを前提にあくまで大まかに言うと)、楽天的(optimistic)、フレンドリー(friendly)、細かいことを気にしない(laid-back)、話好き(talkative)、適当(half-hearted)、という感じのイメージになる。日本を出て外国人に囲まれて働いていると、何故こうもいつも誰かとつるもうとするのか、何故こうも長くメールの返信がないのか、何にそんなに簡単な作業に時間がかかるのか、どうしたらそんなに訳の分からないミスをするのか、なぜ文脈にそぐわないことを議論しているのか、と各種首をかしげることが本当に多い。これまでロンドン、ワシントンDC及びシンガポールでの駐在を経験したが、どこもそういったイメージを持ったので、我々日本人が持つ感覚はかなりグローバルには特殊なのだと思う。その観点から、日本人が真面目に仕事をしている限り、それなりに信用されるし、仕事を任せたら他の人に頼らず自分でせっせと努力して汗をかき、期限を守ってそれなりに仕上げてくれるという認識を持たれることが多いように思う。ただし、その反面、いや、だからこそ、上記に上げたステレオタイプ通り、やはりコミュニケーション下手ととられることも多いように思う。とかく自分でこつこつやる公務員タイプの人はこれが多い。これは良い悪いという話ではなく、一般的性質としての日本人の特質としての話である。また、とにかく外国人は日本人以上に話すことが好きなのである。路上を歩いていても、日本で見るより圧倒的に電話で話している人が多い。中華系は漢字なので打つのが面倒という理由もあるかもしれないが、なんせよく通話している。職場でも同じであり、日本では職場でたわいもない痴話話をしていると怪訝な顔をされるが、こっちでは隙あらばみんな廊下やエレベーターホールで話している(余談になるが、当地であまりに隣の職員が煩かった(中国語だったが、さすがに仕事の話ではないことは容易に理解できた)ので、「仕事以外の話ならオフィスの外でしてくれ」と文句を言ったら上司にチクられて、その上司から、僕が彼らに謝ったほうがよいと諭されたことがある。今でも自分は常識的なことを言ったと思っているし、なぜ謝ったほうがよいのかわからないが、私の意見は当該外国人にとっては意味の分からないクレームだっただけ、ということであろう)。この行動自体の良い悪いはさておき、その人のイメージというのはとかくそういった日頃の行動様式がどれほど目撃されるかによって判断されることが多い。逆説的に、あまり自分の執務室から出てこなかったりすると、やはりシャイね、と思われたりするし、自分もそう思うと思う。国際機関で働く日本人でうまくやっている人は、改めてその行為自体の是非はおいておいて、そういう自然発生的にある廊下での話や、適当に集まっていくランチに自然に入っていける人が多い。上記に密接に関係するが、次は言語である。日本人の英語能力どうの、ではない。実際、どれだけ多言語での環境の中で自分の能力を発揮できるか、ということである。日本では、戦闘力は相当高いし、やたら攻撃的な人が海外に出て英語などの外国語で議論していると、あれ、この人こんなにいい人だっけ、もっとがつがつしてなかったかな、随分おしとやかだな、と思う場面に遭遇することがある。それはそれで大変良いことなのではあるが、本人は忸怩たる思いをしているのかもしれない。これは自分の経験であるが、多少過去に勉強した言語、例えば日本人にとっての英語であるが、これは本当に訓練でなんとかなる。ここでの訓練は、必ずしも職場でしかできないことではなく、特に外で外国人と飲む酒場やランチなどで積むのが大変効果的である。もっと言うと、仕事でのミーティングなどは、それが例え専門的な単語やややこしい議論を含むものであっても、案外なんとかなるものである。議題が決まっていたり、議論すべき内容も自分もよく理解 日本人の基本的パーソナリティに

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