ファイナンス 2023年7月号 No.692
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*5) 「公企業の成立と展開 戦時期・戦後復興期の営団・公団・公社」(■住弘久)によれば、「GHQは、経済民主化の一環として、統制会など民間が持っていた独占的な配給統制の権限を取り除こう…」とし、その中で、「戦時期に設立された「営団」についても、国策会社と同様に私的独占禁止の文脈から大部分が閉鎖機関に指定されていった」という。このうち、帝都高速度交通営団については「…GHQから戦時期の名称のまま存続を許された唯一の営団…」となったのであるが、この存続の経緯は、詳細なところこそ不明であるものの、「…帝都高速度交通営団の存続は、戦時期からその近似性が指摘されていたアメリカの「Government Corporation」、そのなかで最も著名なTVA(Tennessee Valley Authority)との類似性を強調することで実現を見た…」というものであった。*6) 事業者団体法の具体的な条文は下記のとおり(事業者団体法制定時のもの)。 ○事業者団体法(抄) (目的)第 一条 この法律は、事業者団体の正当な活動の範囲を定め、且つ、その公正取引委員会に対する届出制を実施することをもつて目的とする。 (定義)第 二条 この法律において「事業者団体」とは、事業者としての共通の利益を増進することを目的に含む二以上の事業者の結合体又はその連合体をいい、それは、いかなる形態のものであるかを問わず、いかなる法令又は契約によつて設立されたものであるかを問わず、登記を要すると要しないとを問わず、法人であるとないとを問わず、営利を目的とするとしないとを問わず、その事業者の事業の規模の大小を問わず、且つ、左に掲げる形態のものを含むものとする。 一  二以上の事業者が株主又は社員(社員に準ずるものを含む。)である会社、社団法人その他の社団 二  二以上の事業者が理事又は管理人の任免、業務の執行又はその存立を支配している財団法人その他の財団 三  二以上の事業者を組合員とする組合又は契約による二以上の事業者の結合体2  この法律において「事業者」とは、商業、工業、金融業その他の事業を営む者及びこれらの者の利益のためにする行為を行う役員、従業員、代理人その他の者をいう。3  この法律において「構成事業者」とは、事業者団体の構成員である事業者をいい、第一項各号の事業者を含むものとする。 (許容活動)第 四条 事業者団体は、左に掲げる活動に限り、これを行うことができる。 一  統計資料の自由意思による提供を受けること及び特定の事業者の事業に関する情報又は状態を明示することなくその資料を総括して公刊すること。 二  (略) 三  構成事業者の間に、公開的且つ無差別的に、研究又は技術若しくは科学に関する情報の自発的交換を促進すること。(第五条第三項の規定により、自然科学の研究を実施するための施設を所有し、又は経営することの認可を受けた場合において、当該施設の所有又は経営から生ずる諸利益を構成事業者に対し、公開的且つ無差別的な条件で利用させることを含む。) 四〜十 (略)2・3 (略) (禁止行為)第五条  事業者団体は、左の各号の一に該当する行為をしてはならない。 一〜十一 (略) 十二 構成事業者その他の者のために融資をすること 十三〜十八 (略)2  事業者団体はいかなる名義をもつてするかを問わず、前項の禁止又は制限を免れる行為をしてはならない。3〜5 (略) 44 ファイナンス 2023 Jul.(ロ)戦後の日本経済では中小企業は重要な地位を占め、これを援助する当制度は経済の民主化という占領政策に合致すること。一律に、総力戦体制のツールと見做し、閉鎖・解散の可能性があったほどであった*5。そのような中で、GHQは、信用保証協会についても、当時の民法に基づく法人であるにも関わらず、疑いの目を持っていた。その理由は、50年史曰く、GHQ内では信用保証協会について「ナチス政権下のドイツで設立された制度を参考にした全体主義的なもの」と捉えられていたためである。このため、一時は信用保証協会に対し、保証業務の中止命令が出る事態となったものの、当時の東京信用保証協会は、GHQに直接交渉を行っている。50年史によれば、主に下記2点を掲げて説得を図ったのである。(イ)ドイツの制度とはまったく異質のもので、極めて民主的に運営されていること。こうした交渉の結果、東京信用保証協会は、GHQ黙認のうちに業務を継続することが可能となった。その後、京都及び大阪市の信用保証協会についても、一時は新規受付を停止したものの、昭和21年から22年にかけて受付を再開。そしてそれ以後は、後に述べるとおり、中小企業者等への資金繰り支援策として「信用保証制度の整備・充実」が位置づけられる中、各地に信用保証協会の設立が始まっていった。信用保証制度は、消滅寸前のところで、存続したのである。しかしながら、こうして黙認の上で事業継続が出来た中で、さらに2度目の危機が訪れる。その端緒となったのは、いわゆる独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号))であった。具体的には、この独占禁止法の補助法として制定された、事業者団体法(昭和23年法律第191号)により、如何なる形態かを問わず、広範に事業者共通の利益の増進を目的とする団体については、その活動を、統計資料の刊行や情報交流促進と言った10項目(事業者団体法第4条第1項)に限定されてしまったため、信用保証協会の活動も禁止される可能性が浮上したのである。そして、当時の公正取引委員会は、信用保証協会の行為について、事業者団体法第5条第1項第12号にいう「構成事業者その他の者のために融資をすること」の「類似行為」であると判断、禁止することとしてしまったのであった*6。

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