ファイナンス 2023年6月号 No.691
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202220212020201920182017201620152014201320122011201020092008200720062005200420202016200820122004202020162012200820042020201620122004200820202016201220082004黒字経常収支赤字6420 (%)1009080706050403020100・このように、英国は短期的に大きなショックに見舞われたが、対外ポジションを見ると、中長期的にも脆弱性を抱えていると言える。英国債保有別内訳をみると、海外、特に海外非公的部門の保有が多い(図表9)。・一般に、投資家の資産選択には「ホームバイアス」が存在する。「ホームバイアス」とは、為替リスクや制度的要因等から、ポートフォリオ上、一見リターンが低いように見えても、海外資産よりも国内資産への投資を選好しやすいことを指す。・反対に、海外の投資家は、為替リスクから高い金利を要求しやすく、また、流通市場において、活発に取引を行う傾向にある。そのため、民間の海外投資家の保有が高まれば、国債金利の急騰が生じやすいとされる。・英国債の海外保有比率の高さは、長期的な経常赤字が背景にある。英国は、有数の金融街を抱えるロンドンを背景にサービス収支で黒字を稼ぐ一方で、貿易収支赤字が大きく、長期的に経常収支赤字国である(図表10)。こうしたことを背景にして、海外保有比率が高くなっていた英国債には、ホームバイアスが働きにくく、国債市場の危機が増幅されやすかった可能性がある。・一方で、ここで述べたような経常収支と国債の海外保有比率の間の関係は必ずしも普遍的ではなく、経常収支黒字でありながら、国債の海外保有比率が高いドイツのような例外も存在する。そこには「安全資産としての国債」という別の要因も介在している。・ここでは「安全資産」という概念も踏まえて、経常収支、国債・為替市場の動向を整理する(図表11)。・米国債がグローバルな安全資産と認識されている米国は、海外公的部門を中心に国債の海外保有比率が高い。一方で、経常収支赤字が続いていても、安全資産としての米国債や基軸通貨としての地位を背景にドルに対する需要は強いため、通貨安圧力は働きにくく、国債市場の安定性も損なわれにくい。・ドイツや日本は、国債が安全資産と認識されると共に、競争力のある輸出産業や所得収支黒字を背景とした経常収支黒字の国である。国内の貯蓄も潤沢なこれらの国では、国債は基本的に安定消化されやすいとの指摘がある。・一方で、過度な財政赤字が国内民間部門の支出増加や輸入の増加を伴う場合には、貿易収支赤字圧力を通じて、最終的には経常収支の赤字圧力となりうる点に留意が必要である。図表12は政府が家計への所得移転を行った場合の模式図である。・かつてポンドが世界の基軸通貨だった英国は、第2次世界大戦以降、IMF危機やポンド危機等の経済・為替・国債の危機を経て、英国債がグローバルな安全資産の地位を失いつつあると言えるだろう。今後の英国における国債・為替市場の動向や、安全資産に関する議論に注目していく必要がある。英国(例)日本、ドイツ、スイス 等(為替)通貨や国債が海外から需要され、通貨高圧力となりやすい。(国債)海外から需要されるが、国内消化も可能で、海外保有比率は高くないこともある。(例)米国(為替)通貨や国債が海外から需要され、通貨安圧力は起きにくい。(国債)国債を海外から需要され、海外保有比率は高くなりやすい。(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。認識されている(注)図表10について、経常収支の黒字国・赤字国は、IMF統計における各国の経常収支の推移から分類している。(出所)月刊資本市場「トラスノミクスはなぜ失敗に終わったか?」、イングランド銀行資料、Bloomberg、IMF「世界経済見通し」、大和総研「英国債市場を動揺させたLDI問題の本質」、日銀レビュー「企業年金の運用戦略からみた金融安定への含意―英国債市場の混乱からの教訓―」、WTW「2021assetallocationsinFortune1000pensionplans」、英国年金保護基金、企業年金連合会、財務省「債務管理レポート2022」、Arslanalp,S.,andT.Tsuda“TrackingGlobalDemandforAdvancedEconomySovereignDebt”、英国統計局、H.Matsuoka“DebtIntolerance”、一上、清水「長期金利の変動要因:主要国のパネル分析と日米の要因分解」(図表9)先進国の国債保有ドイツ日本(図表11)国債への認識と経常収支の関係国債がグローバルな安全資産と認識されているかアメリカ認識されていない(例)中国、サウジアラビア 等(為替)貿易収支黒字により通貨高圧力が生じやすいが、新興国では政情不安や経済危機等の際に為替が大きく不安定化することもある。(国債)海外投資家からリスク性資産と認識され、危機時には逃避が起こりやすい。国内での国債消化は可能。(例)アルゼンチン 等(為替)実需による通貨高圧力が生じにくく、為替市場が不安定な動きをすることがある。(国債)国債消化を海外に依存するため、国債市場の安定性は損なわれやすい。海外非公的部門(Foreign nonbank +(百億ポンド)Foreign bank)海外公的部門(Foreign official sector)国内非銀行部門(Domestic nonbank)国内銀行部門(Domestic bank)自国中央銀行(Domestic central bank)▲ 2▲ 4▲ 6▲ 8▲10貿易収支第二次所得収支サービス収支経常収支政府の財政赤字増加家計部門の受取増加家計部門の消費増加輸入品の購入国内品の購入貿易収支赤字圧力へ第一次所得収支コラム 経済トレンド 108貯蓄増加ファイナンス 2023 Jun. 51(図表10)英国の経常収支の推移(図表12)政府の財政赤字は貿易収支赤字圧力へ政府が財政赤字によって、家計への所得移転をした場合、家計は増えた受取の一部を消費の拡大に回すことが想定される。家計の消費には、輸入品の購入も含まれるため、貿易収支赤字圧力となり、ひいては経常収支赤字圧力となる。英国債の海外保有比率と国債危機経常収支と国債の海外保有・安全資産

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