ファイナンス 2023年6月号 No.691
43/78

*5) TLACにはCET1に含まれる資本保全バッファー等は含まない点に注意してください。*6) 経過措置が設定されており、2019年の導入から3年間はリスクアセット対比16%、レバレッジエクスポージャー対比6%の水準に設定されていました。*7) ここでの最大損失額はVaR(Value at Risk)で計測された値を想定しています。VaRでは、例えば99%の信頼区間の中での最大損失という意味合いで、最大という表現が用いられます。秀島(2021)は「自己資本規制における最大損失額の計測にあたっては、VaR(Value at Risk)の考え方を用いるのが最も一般的である」(p.76)としています。TLACの定義ファイナンス 2023 Jun. 39我が国におけるTLAC(総損失吸収力)規制もっとも前述の通り、資本を厚くしたとしても金融機関の破綻可能性をゼロにすることは困難です。TLAC規制が想定しているのは、例えば、何らかの理由で厚く準備していた自己資本も棄損し、債務超過に陥っているような状況です。そのような状況において必要なのは、普段は負債として取り扱われる一方、破綻時には事前の取り決めに従って円滑に元本削減または株式転換等がなされ、自己資本比率を回復させることができるような調達手段です。こうした調達手段は、冒頭で説明したとおり、秩序ある破綻処理を可能にするという意味で「ゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力」と呼ばれ、バーゼルIIIの枠組みの中ではBⅢT2債や持株会社(ホールディングス)の(TLAC適格の)シニア債(いわゆるTLAC債)が該当します(TLACの適格性については後述します)。なお、これまでの筆者の論文では、BⅢT2は自己資本に含められることからゴーン・コンサーン・キャピタルと表現しましたが、TLAC債はキャピタルではないことから、「ゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力」と呼ぶ方が適切と考え、ここではこのように表現しています。上記のような流れの中でみると、TLAC規制は、特に破綻時において金融システムへの影響が大きいと考えられる、グローバルにシステム上重要な銀行(G-SIBs)に対し、バーゼルIIIで求められる水準を超える分厚いゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力を備えておくことを求める枠組みと整理することができます。TLAC規制では、こうしたゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力と、CET1およびAT1のゴーイング・コンサーン・キャピタルを合計したものを「TLAC(Total Loss-Absorbing Capacity, 総損失吸収力)」とします。*5TLAC=ゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力+ゴーイング・コンサーン・キャピタル(CET1+AT1)*5そのうえで、TLACを、リスク・アセット対比で18%、レバレッジ・エクスポージャー対比6.75%以上に保つことを求めています*6(なお、国内では、2024年4月1日以降は6.75%から0.35%引き上げ、7.10%になる(代わりに日銀預け金をレバレッジ・エクスポージャーから控除する)予定です)。TLAC/レバレッジ・エクスポージャー≧6.75%また、ゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力を十分に確保するため、これらの要求水準のうち1/3以上は負債性の調達手段で満たすことが期待されています。自己資本比率規制の2倍以上の水準が求められる理由バーゼルIIIにおける自己資本比率規制がリスク・アセット対比8%、レバレッジ・エクスポージャー対比3%を求めていることを踏まえれば、TLAC規制が通常の自己資本比率規制やレバレッジ比率規制の2倍以上という非常に高い水準に設定されていることがわかります。服部(2022a)で強調しましたが、バーゼル規制における自己資本比率規制のアイデアは、銀行が有する最大損失額*7であるリスク量を見積もったうえで、その同額以上を株式で資金調達していれば、そのリスクが顕在化したとしても、理屈上、その損失は最大損失額のうちに収まるため、株式の投資家に責任を取ってもらう(損失を吸収してもらう)ことが可能というものです。TLAC規制では、自己資本比率規制が想定する最大損失額の2倍以上の水準を求めていることで、仮に想定以上の悪いシナリオが起き、ゴーイング・コンサーン・キャピタルがゼロになり、債務超過に陥っても一定程度の資本が残る工夫がなされています。このような観点では、TLAC規制におけるゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力はすべて元本削減されてゼロになるものと想定されているわけではないことがわかります。大切なのは、最大損失額をカバーするゴーイング・コンサーン・キャピタルと同額以上のゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力を用意することで、想定外の損失が起きたとしても、一定の資本が残ることTLAC/リスクアセット≧18%

元のページ  ../index.html#43

このブックを見る