ファイナンス 2023年6月号 No.691
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*4) 下記をご参照ください。 https://sites.google.com/site/hattori0819/各国でその制度が異なることが広く認識されましたが、筆者の理解では、TLAC規制についてはAT1債以上に各国でその内容に相違があります。本稿で説明するTLAC規制は、基本的に我が国の制度を主軸にしつつ、各国で共通している部分を強調した書きぶりになっています。TLAC規制そのものは複雑性が高いため、2節でできる限り直感的に我が国におけるTLAC規制の全体像を説明します。3節では、巨大な金融機関の破綻処理のイメージについて解説し、4節ではベイルインの枠組みの説明を行います。紙面の関係上、残りの論点は次回の論文で説明します。なお、本稿は筆者がこれまで記載した一連の金融規制の文献を前提とするので、基礎的な知識の確認が必要な読者は「バーゼル規制入門」(服部, 2022a)等、筆者が執筆してきた一連の文献をご参照ください。筆者が記載してきた金融規制の入門シリーズは、筆者のウェブサイトにまとめて掲載してあります*4。政府による銀行の救済は「ベイルアウト(bail out)」と呼ばれます。政府による巨大金融機関の救済に対する厳しい世論があるものの、仮に巨大な金融機関が潰れた場合、その効果が伝播して雪だるま式に他の金融機関が破綻するリスクがあります。その意味で、こうした連鎖破綻を恐れる政府にはベイルアウトのインセンティブがあるといえます。しかし、巨大金融機関がいざとなれば政府による救済が見込まれると考えることで、過度なリスクテイクを行ってしまうモラルハザードへの懸念が生じていました。2008年の世界金融危機後の国際金融規制はこうしたベイルアウトを極力避けることを目指し、破綻に伴うコストを株主や債権者に負担させるための新たな仕組みを整備してきました。これはベイルアウトとの対比から「ベイルイン(bail in)」と呼ばれています。ベイルインとは、金融機関が破綻した場合に、(リターン対比で)リスクを取ってよいと考える株式や債券の投資家から事前に十分な資金を集めることで、金融機関が破綻した場合、彼らにその損失負担を求める仕組みです。金融危機以降の規制改革の流れは、ベイルアウトからベイルインへ、と整理することができます。金融危機以降の規制改革により、TBTF問題を防ぐために、そもそも巨大な金融機関に対しては、破綻可能性を下げるため、G-SIBsバッファー等を通じ、より一層厚い自己資本が求められています(G-SIBsバッファーの考え方については服部(2023a)を参照してください)。もっとも、資本を厚めに求めたとしても、予測し得ないリスクにより損失を被ることで、巨大な金融機関が債務超過に陥る可能性は否定できません。そのようなケースにおいて、巨大な金融機関が業務を継続しつつ再建を行うためには、(1)何らかの形で追加的な資本を調達する、あるいは、(2)債務再編を行い、自己資本比率を回復することが必要となります。しかし、破綻危機に瀕する巨大な金融機関にとって、追加的に株式発行等を通じて自己資本を増加させることは困難であることが見込まれます。公的資金を用いたベイルアウトを防ぎつつ、金融システムに対してシステミック・リスクを回避すべく業務を継続させるには、金融機関が破綻した場合に、リスクを取ってよいと考える株式や債券の投資家により十分に損失吸収をしたうえで、自己資本を回復させる仕組みを平時から整備しておくことが必要となります。システム上重要な金融機関が破綻に至るほどの損失を被った場合、円滑な再建を進める上で重要なポイントは、エクイティ(資本)だけでなくデット(負債)の形でも損失吸収力を備えておくことが必要である点です。バーゼル規制における自己資本比率規制は、主に銀行が破綻する可能性を下げることが主眼にあり、国際統一基準行においては普通株式等Tier 1(CET1)比率を一定比率に備えておくこと等が求められます。服部(2022b)で説明した通り、CET1資本やAT1債等は当該銀行の継続を助けることから「ゴーイング・コンサーン・キャピタル(Going-Concern Capital)」と呼ばれます。2.秩序ある破綻処理とTLAC2.1 ベイルアウトからベイルインへ2.2  TLAC規制:自己資本規制の延長(ゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力) 38 ファイナンス 2023 Jun.

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