ファイナンス 2023年6月号 No.691
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*1) 本稿の作成にあたって、川名志郎氏、吉良宣哉氏、匿名の有識者等、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。*2) https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page4_001553.html*3) 金融安定理事会(FSB)が2015年に公表した「TLAC Term Sheet」において詳細な規定が定められており、各国(法域)においてこの規定に沿った制度整備・実施が求められています。ファイナンス 2023 Jun. 37東京大学 公共政策大学院 服部 孝洋*11.はじめに本稿ではTLAC(Total Loss-Absorbing Capacity, 総損失吸収力)規制について説明することを目的としています(実務家は、TLACを「ティー・ラック」と読みます)。2008年の金融危機以降、「Too big to fail(TBTF)、大きすぎて潰せない」問題に対処するため、グローバルで展開する金融機関が仮に破綻したとしても、納税者への負担を回避しながら、金融システムへの連鎖も防ぐことが可能になる破綻処理制度の確立が求められました。そうした一連の国際金融規制改革の一環として、2015年のG20アンタルヤ・サミット*2において、グローバルにシステム上重要な金融機関が破綻したときに備えるためのTLAC規制が国際合意*3され、2019年から主要各国で施行されています。メガバンクのような巨大な金融機関は破綻しないだろうと思う読者もいるかもしれませんが、2023年3月にクレディ・スイスが危機に瀕し、UBSに買収されたことは記憶に新しいでしょう。服部(2023d)で説明したとおり、我が国では金融危機以降、金融機関の破綻処理のスキームとして、「秩序ある処理」を可能にする制度が確立しましたが、メガバンクのような巨大な金融機関に対処するため、その後、TLAC規制が導入されました。TLAC規制の考え方は、巨大金融機関の破綻時に、極力公的資金に頼ることなく円滑な処理を行うため、平時の自己資本比率規制の延長として、破綻時に損失吸収や資本再構築の役割を果たす機能を持つ債務の発行を事前に求めておくものです。これは、「AT1債およびTier2債入門」(服部, 2022b)で説明したバーゼルIII対応Tier2債(BⅢT2債)と似た機能であり、このように安全に破綻する資本を「ゴーン・コンサーン・キャピタル(Gone-Concern Capital)」と説明しましたが、TLACは巨大金融機関を対象に、より一層大きなゴーン・コンサーン・ベースの損失吸収力を備えておくことを求める追加的な規制と捉えることができます。本稿では、AT1債やBⅢT2債については理解したものの、我が国のTLAC債についての理解を求める読者を想定しています。2023年春に、クレディ・スイスが発行したAT1債の元本削減がなされたこともあり、金融危機以降に発行された新しい債券(AT1債やTLAC債等)についての理解を深める重要性は高まっているといえます。AT1債やBⅢT2債については服部(2022b)で説明を行ったため、TLAC規制やTLAC債の理解を深めることが本稿の目的です(本稿ではAT1債やBⅢT2債の理解の前提とするため、必要に応じて服部(2022b)を参照してくだされば幸いです)。結論を先に述べれば、日本の金融機関のTLAC債は、AT1債やBⅢT2債よりさらに後に損失を吸収することが想定されるベイルイン型金融商品であり、TLAC規制の対象となっている持株会社(ホールディングス)のシニア債(破綻した場合に劣後債より優先的に弁済される社債)として発行されています。現在、我が国でG-SIBsに指定されている3メガバンクと、D-SIBsのうち野村ホールディングス(4金融機関グループを総称して「4SIBs」)がその対象になっています。読者に注意を促したい点は、TLAC規制は、AT1債以上に各国でその内容に相違がある点です。2023年3月にクレディ・スイスのAT1債の元本削減があり、我が国における TLAC(総損失吸収力)規制―ベイルアウトからベイルインへ―

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