ファイナンス 2023年6月号 No.691
27/78

ファイナンス 2023 Jun. 23スリランカの債務再編で決めるべきものだったり、債務再編の交渉とは直接関係ないものだったりした。また、スリランカ政府の意図が正確に伝わっていないような場合もあり、Lazard社にはそうした声があることを伝達した。さらに、債務の状況について、IMFからの情報が不十分との声も聞かれた。債権国は、IMF支援プログラムを支える資金面での前提要件の一部として債務再編を行うのだが、これには、プログラムの前提となったIMFによる債務持続可能性分析や、これに基づきIMFが設定した債務面で目指すべき目標(例えば、公的債務残高の対輸出比率を何年までに何%に抑えるべきといった目標)等の情報が必要となる。この情報がないと、債権国として検討を進めようにも進められないとの不満の声が上がるのは当然である。当のIMFは、国際機関の中立性に鑑み、他の債権国に先んじて一部の債権国だけに情報を共有することはできないとの立場であり、スリランカの債務再編を主導する協議体が正式に確定するまでは、非公式に債権国が集まっているだけの会議体に情報を共有することはできない、と主張した。正式な協議体を立ち上げるためには、来るべき交渉の具体的なイメージを債権国が持つことが必要で、このためにはIMFの情報が必須だが、その情報を得るには正式な協議体が立ち上がっていることが必要、という膠着状態である。ここから脱するために、我々は、各債権国が求める最低限の情報と、IMFにとって正式な債権国会合立上げ前の段階で提供できる最大限の情報を見極めて、最終的には、全員が満足する情報共有の場を設けることに成功した。このように理解促進や情報共有を図りつつ、個別のフォローアップも丁寧に進めた。一部の国は、国内の意思決定プロセスが複雑で、幹部への相談や関係省庁・機関との協議に苦労しているようで、オンライン会議で日本の財務省が丁寧に説明したことを、会議終了後、「今日、日本が提起した論点を書面(メール)で送ってほしい」と要請されることも少なくなかった。おそらく、そのメールをそのまま幹部や関係者との相談に使うのであろう。何でも書面でないと国内の意思決定プロセスが進まない文化なのだろうと想像し、毎回、会議後に長文のメールを打った。こうした幾度に渡る意見交換を通じて関係者との信頼関係が醸成されていった。債権国による債務再編の実施のコミットメント長い調整プロセスを経て資金保証が視野に入ってきた段階では、我々は、パリクラブや他の債権国がそれぞれバラバラに資金保証を供与するのではなく、協調した形で供与することを目指し、調整を試みた。ここで足並みを揃えられなければ、債務再編交渉の本番で協調した対応を実現することも期待できないからである。非パリクラブ国と調整して足並み揃えて資金保証を供与するという一見簡単そうなステップを踏むのにも、調整に長い時間を要した。IMFとの事務レベル合意から数か月が経過した頃には、仮に支援プログラムの導入までにこれ以上時間がかかれば、その前提となるスリランカ経済の状況が変わってしまい、IMFがプロセスをゼロからやり直すことになりかねないと囁かれ始めた。資金保証を早急に供与し、迅速に支援プログラムの理事会承認を目指すことが最重要の課題となり、時間との闘いとなった。我々は、タイムラインを意識しながら、パリクラブ諸国に対して、非パリクラブ国の巻き込みの重要性を一貫して訴え続けた。パリクラブ、インド、その他の非パリクラブ国による資金保証の供与関係国間の水面下の調整を続けた結果、2023年1月中旬に、インドが先陣を切る形で資金保証を供与する意向を表明し、以前から債務再編を実施する用意があると表明していたパリクラブも即座に資金保証の供こうした二国間もしくは少数国間の水面下での調整に加え、定例で開催されるパリクラブ会合で、日本やフランスによる水面下での調整状況をパリクラブメンバーに説明すると共に、パリクラブが先行するのではなく非パリクラブ国と一緒に債務再編を進める重要性を繰り返し訴えた。しかし、調整にあまりに多くの時間がかかり、議場では、非パリクラブ国との協調体制の構築を諦める空気が広がる場面もあった。これに対し、事前のビデオ会議ですり合わせをしたり、会議場外で根回しをしたりして、日本の問題意識を共有する仲間作りに努め、非パリクラブ国との協調を諦めてパリクラブだけでプロセスを進める、といった結論に陥ることだけは、なんとか回避することができた。

元のページ  ../index.html#27

このブックを見る