ファイナンス 2023年6月号 No.691
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日本の財務省による水面下での調整の開始しかし、スリランカ政府とIMFが事務レベルの合意に至っても、これに合わせて債務再編の見通しを立てることは叶わず、調整はその後も続いた。我々は、事務レベル合意を梃子に調整を加速させるべく、パリクラブ事務局を擁するフランス経済財政省に働きかけ、パリクラブとしてステートメントを発出することを促した。期せずして、フランス側も我々と同じことを考えていた。両国で一致し、ステートメントには、同国とIMFの事務レベル合意を歓迎すると共に、パリクラブが債務再編を実施する用意があること、非パリクラブ国とも協調してプロセスを進めていく意志があることを盛り込んだ。非パリクラブ国と協調した債務再編を目指し、その機運を高めることを狙ったのである。官民の債権者の債務再編の見通しを立て、債権国として十分な資金保証を供与すべく、我々は、IMFと同国との事務レベル合意に向けた協議と並行して、関係国・機関と、水面下で、問題意識のすり合わせや情報収集、諸々の働きかけを本格化させた。必要な改革についてはスリランカ政府がIMFと協議して決めていけば良いが、債務再編の方は、誰が誰と、どのような体制で協調して実施していくのかが未定のままでは混乱を招くだけであり、見通しは立てられない。パリクラブだけで債務再編を進めたところで、中国やインド等の主要な非パリクラブの債権国がついてこなければ、彼らの抜け駆けを恐れてパリクラブ債権国も再編にコミットできないし、仮にできたとしても、スリランカの経済を再生するに十分な債務再編のインパクトを与えることもできない。他方で、多国間の債務再編交渉の経験を持たない非パリクラブ国は、十分な心の準備も出来ていないだろうし、官民の債権者がどのような債務再編をすることになるのか、それが中国やインド等の新興債権国にとってどのような意味合いを持つのか見極めた上でなければ交渉のテーブルについてくれないだろう。こうした観点から、我々は、スリランカとIMFとの協議の進展に遅れることがないよう、債務再編の準備・調整を急いだ。他方、我々が「公式な債権国会合を立ち上げる」と呼びかけたところで、非パリクラブの債権国が二つ返事で参加する状態にはなかった。このため、まずは非公式な意見交換を通して、債務再編への心理的ハードルを徐々にでも下げてもらうこととした。非パリクラブ国に、スリランカ債務問題の理解を深めてもらい、来るべき債務再編交渉の具体的なイメージを持ってもらうことが、結果として債務再編を進める近道と考えたのである。具体的には、パリクラブと非パリクラブの債権国が一堂に会し、IMF等が債権国の疑問に答える機会を設けるべく関係機関やフランスを始めとする関係諸国と綿密に調整を行い、そのような非公式会合を複数回アレンジした。なお、スリランカ側に何らかの働きかけをする際は、同国政府の財務アドバイザーとして雇用されているコンサルティング会社のLazard社にも活躍してもらった。Lazard社は、他国の債務再編のケースでも豊富な経験や専門知識を持ち、テクニカルな論点も含め、日本の問題意識を素早く呑み込み、スリランカ政府とのスムーズな意思疎通を図ることが出来た。パリクラブ事務局を擁するフランスとも幾度となくオンラインで意見交換やすり合わせを行った。非パリクラブ国との間では、日本の財務省と相手国の債務再編の所管省とで、直接コミュニケーションをとると共に、現地の日本大使館には、情報収集や会議のアレンジメントに尽力してもらった。非パリクラブ国の担当者らは、他国と協調して債務再編を実施した経験がないことから、誤解や誤った情報に基づく発言も散見された。意見交換の中で、先方の誤解を一つ一つ丁寧に解きほぐしながら、協調に向けた働きかけを行った。一部の国は、スリランカからの情報が少なく、何を求められているのかが分からないと主張したが、求めている情報は、債権国間の交渉関係機関・諸国との調整過程の苦労この調整過程では、関係機関・関係国の間に誤解や意識の違いがあることが明らかとなり、これを埋めるのに大変な苦労をすることとなった。債務国たるスリランカは、債権国側のプロセスを正確に理解している訳ではない。したがって、経験豊富な日本の財務省がLazard社を介して丁寧に説明すると共に、彼らの意向として汲み取るべきものは、フランスとの間で検討の遡上に載せた。 22 ファイナンス 2023 Jun.

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