ファイナンス 2023年6月号 No.691
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ファイナンス 2023 Jun. 21スリランカの債務再編までの経済状況を簡単に振り返ってみたい。スリランカの複雑な民族間抗争の歴史は本稿のテーマから外れるので割愛するが、経済・社会は内戦で疲弊しており、歴代の政権は成長と繁栄を取り戻すためには無理を重ねる必要があった。借入の増加もその一環で、特に、近年では中国への依存も拡大させていった。このような背景の下で2019年に就任したゴタバヤ・ラージャパクサ大統領は、成長と雇用の拡大を目指して、法人・個人所得税や付加価値税の減税、中銀の独立性や財政に関する規律強化策の延期等、大胆な政策変更を行った。しかし、成長は得られないばかりか、歳入GDP比は世界最低水準まで落ち込み、財政赤字の増大、公的債務GDP比の拡大や貨幣発行増によるスリランカルピーの下落など、経済の脆弱性が高まっていった。また、2019年にコロンボ等において発生した連続テロ事件から立ち直る間もなく、新型コロナウイルス感染症の拡大により主要な外貨獲得手段である観光業が低迷。さらに、農業改革の失敗により農業生産が縮小し、食料輸入が増加する中、ロシアのウクライナ侵略等を背景に食料・エネルギー価格が急騰し、外貨準備は枯渇寸前となった。冒頭のスリランカ財務省による公的対外債務の一時的な支払い停止は、こうした状況の中で宣言されたのである。しかし、スリランカがこの危機から脱出するためには、まずはスリランカ政府自身が、経済を立て直すための一連の政策を推進していくことが不可欠である。債務再編のプロセスにおける日本に対する期待同国の経済が混乱する中、2022年5月にはマヒンダ・ラージャパクサ首相が辞任し、ラニル・ウィクラマシンハ氏が首相に就任。同年7月、ゴタバヤ・ラージャパクサ大統領が国外に逃亡し辞職、これを受けて、ウィクラマシンハ首相が大統領に就任(財務大臣も兼任)。新政権は、スリランカを再生させるべく、中国への過度の依存を改め、各国とバランス良く接していく意向を持っているようであった。日本への期待も大きいようで、同年8月には、ウィクラマシンハ大統領が、日本に対し、中国やインドを含む主要債権国も招く債務再編協議を主導するよう期待していることを示唆する報道も流れた。IMF支援プログラム導入に向けた動き危機に陥ったスリランカが改革を実施するためには、技術面・資金面での支援が欠かせない。このため、スリランカはIMFに支援要請し、IMFは、同国のマクロ経済状況を分析し、同国政府と必要な改革案を調整、2022年9月1日には、歳入改善のための税制改革、金融緩和の段階的廃止、中央銀行の独立性強化、財政の透明性と公的資金管理の改善等に取り組むことを内容とするIMF支援プログラム(Extended Fund Facility(EFF)、48ヶ月間で29億ドルの支援)に事務レベルで合意した。しかし、このプログラムは、IMFから資金支援だけでなく、他の国際機関等からの支援、さらに官民の債権者の債務再編を通じた貢献が前提となっており、これらの支援の見通しが立つことが、IMFの理事会においてこのプログラムを承認する条件となっている。具体的には、債権国については、IMF支援プログラムが求める債務の目標(指標)に従って債務再編を実施することにコミットする(債権国によるIMF支援プログラムに対する「資金保証」(financing assurances)の供与と呼ばれる)ことが必要となる。債権国からの十分な資金保証が事前に得られていなければ、IMFは、そもそも理事会に支援プログラムを諮ることもできない。経済・財政等の根本原因への対処を通じて、債務持続可能性を回復しなければ、いくら日本が主導して債務再編を実施したところで、焼け石に水だからだ。他方で、改革の実施と債務問題の解決を通じてスリランカを再生することができれば、日本を含む関係国にとっても喜ばしい。日本の財務省は、他国から主導的役割を期待されていたことや日本にとってのスリランカの重要性を踏まえ、様々な調整を開始した。鍵となるのは、危機の根本原因を取り除く改革の実施と、全ての債権国を巻き込む債務再編の枠組みの構築である。同年9月、同大統領が訪日した際、岸田首相と面会し、全ての債権国が参加する透明かつ公正な負担の下での債務再編が重要であることで一致し、また、鈴木財務大臣との面会で、鈴木財務大臣から、改革の実施が重要であること、全ての債権国による枠組みのもとで、その議論を主導することも含め、日本としてしっかりと役割を果たす用意がある旨を伝達した。

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