ファイナンス 2023年5月号 No.690
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*14) こうした事業譲渡の手続きについて、民事再生手続等を用いた場合は半年から1年程度の期間がかかることが想定される(https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/ginkou_wg/siryou/20121112/01.pdf)ところ、特定第二号措置においては、裁判所の許可(「代替許可」)を得ることで事業譲渡等に必要な株主総会の特別決議をスキップできる規定が設けられています(預金保険法第126条の十三)。*15) AT1はゴーイング・コンサーン・キャピタルであり、金融機関が破綻に至るよりも前の段階でトリガーを発動させることで自己資本比率を回復させる設計になっています(CET1比率5.125%を切った場合に元本削減や株式転換が行われる設計が一般的です)。しかし、金融機関は徐々に自己資本比率が低下して破綻する形ではなく一気に破綻するケースもあり得るため、AT1においてもTier 2同様にPON条項も付されています。なお、AT1やTier 2の基本的な設計はバーゼル銀行監督委員会で国際的に定められていますが、各法域で実施の方法は少しずつ異なっています。*16) 国際統一基準行向けの自己資本比率告示において、実質破綻認定時の定義は、「元本の削減等又は公的機関による資金の援助その他これに類する措置が講ぜられなければ発行者が存続できないと認められる場合において、これらの措置が講ぜられる必要があると認められるとき」とされており、FAQ(第6条−Q9)において、現行法令上は銀行について危機対応措置の第二号措置、第三号措置、秩序ある処理の特定第二号措置、金融持株会社について特定第二号措置の必要性が(金融危機対応会議にて)認定された段階を指すこととされています。*17) FINMA“FINMA provides information about the basis for writing down AT1 capital instruments”(https://www.finma.ch/en/news/2023/03/20230323-mm-at1-kapitalinstrumente/)このAT1債の契約条項には、特別な政府支援があった(“extraordinary government support is granted”)場合にViability event(PON条項)と認定され、元本削減が可能となるトリガーが設定されていました。2023年3月19日(日)に施行されたクレディ・スイスへの流動性供給等を可能にする臨時立法措置に基づき、スイス国立銀行による政府保証付き流動性支援供給対象となったことがこの条項にヒットしました。また同法においてスイスの銀行監督当局であるスイス連邦金融市場監督機構(FINMA)に対し、AT1債の元本削減をクレディ・スイスとAT1債の債権者に対して命じる権限が付与されており、FINMAは契約上の条項と臨時立法において付与された権限に基づきAT1債の元本削減を命じています(こうした一連の根拠については、FINMA自身が3月23日に公表*17しています)。サーン・キャピタル)」と「安全に破綻するための資本(ゴーン・コンサーン・キャピタル)」という観点でTier1資本とTier2資本の見直しがなされました。ゴーン・コンサーン・キャピタルとは、平時において「破綻時に元本削減や株式転換を通じて損失吸収の対象となる」という条件をつけて発行しておく劣後債等を指しており、破綻時にはこの債券等を保有する投資家がまず損失を負うことで納税者負担が発生することを避ける工夫がなされています。こうした要件は、我が国において、契約上、PON条項(Point of Non-viability, 実質破綻時損失吸収条項)と呼ばれるトリガーとして設けてあり、AT1債*15やバーゼル対応Tier2債については元本を削減するなど、契約上のベイルインを実施することが制度化されています。*16*17図表7にまとめていますが、我が国のAT1債やバーゼル対応Tier2債におけるPON条項の具体的な発動要件は、預金保険法において実質的な破綻とされる預金保険法102条の第二号措置/第三号措置及び預金保険法126条の二の特定第二号措置に紐づいています*16。すなわち、これらの措置が発動した場合、対の資産・負債については持株会社に残し、この持株会社の倒産手続きを通じて株主等に損失を負わせるスキームとなっています(図表6にこのプロセスが記載されていますが、このプロセスは次回の論文で丁寧に説明します)。このブリッジ金融機関への譲渡手続きは市場の混乱を避けるため、休業日である週末に行われることが想定されています*14。なお、国際的なTBTF問題への対応や破綻処理制度の枠組み整備は、2011年のFSBによる「主要な特性」策定にとどまることなく継続して議論されており、2015年にはG20において、システム上重要な金融機関に対するTLAC(総損失吸収能力, Total Loss-Absorbing Capacity)規制の国際合意がなされました。TLAC規制については、紙面の関係上、次回の論文で説明することを予定しています。服部(2022b)で説明したとおり、バーゼルⅢの規制の中で、「生きのびるための資本(ゴーイング・コンBOX クレディ・スイスのAT1債ベイルインシステム上重要な巨大金融機関の信用不安は、資本が充実していても生じる可能性があり、介入が遅れれば非常に短期間で状況が悪化して金融システム全体の不安につながる可能性がある点が難しいポイントです。2023年3月には自己資本比率、流動性比率ともにG-SIB向けの厳しい規制を満たしていたクレディ・スイスが当局介入の下UBSに救済買収され、AT1債のベイルイン(AT1債の元本削減)が実行されたことが議論を呼びました。 30 ファイナンス 2023 May条項との関係3.4  AT1債とバーゼル対応Tier2債:PON

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