(b)公智 78 ファイナンス 2023 Apr.(2)均衡点を見つける(a)「主客」(3)福澤諭吉からの示唆高齢化に対応して必要となる社会保障制度改革を今の世代で進めることは大切なことだと思います。最近よくEBPM(Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)のことが言われますが、まさに社会保障制度改革というものはいろいろな面でシミュレーション可能な分野です。社会保障の現状を説明する経済モデルというのは既に相当蓄積されており、それを前提に例えば人口予測といった変数を入れてシミュレーションすることは可能です。そういう面ではEBPMをしやすい分野です。それから解決策の範囲は比較的明快です。年金についても、例えば積立方式はもう難しいだろうということはようやく、大方の合意を得られつつあります。そういう面では賦課方式の年金制度の下でいかに公的年金の持続可能性を高めていくのか、という範囲の中で改革を進めなければならない、といった意味で、進めやすい改革だと思います。その時に難しいのは、様々なトレードオフの均衡点を見つけていくことだと思います。例えば給付と負担のバランスは、つねに基本的な問題となるわけです。「支え、支えられる」というこの給付と負担のバランスをどのように考えるかです。また制度には二面性があります。例えば社会保険の「社会」と「保険」の両面です。「社会」ですから負担はやはり応能負担、所得に応じて負担してもらう。しかし同時に、これは「保険」でもあるので、リスクの生じた場合には同じ給付が受けられなければおかしいわけです。応能負担、同一給付ということです。リスク発生時に、たまたま所得が高かったから給付が少ないとなると、保険という制度からするとおかしいわけです。社会保険に象徴的に現れる制度の二面性をどう考えるかです。このことは包摂性と再分配ということのトレード・オフでもあります。つまり社会保険制度にできるだけ多くの人に入ってもらうという包摂性の原則から考えると、貧しい人も豊かな人も皆参加してもらうべきです。しかし一方では社会保険制度にも再分配機能というのはあるわけで、豊かな人から貧しい人に所得移転する。これを応能負担という部分でそれを実現するのは良いことなのですが、しかし給付も所得水準に応じてということになると、所得の高い人にとってはそういう制度に参加するメリットはあまりないことになります。ですから所得の高い人にも低い人にもみんなに歓迎してもらえるよう、制度の包摂性と再分配機能のバランスをどうとるのか、ということも大きな課題になるのです。もちろんバランスという面でいえば、世代間のバランスをどうとるかも大きな論点となります。そして「全世代型社会保障構築会議」の報告書の中で書かせていただきましたが、「全世代」には、当然ですが「将来世代」も含みます。将来世代も含めて世代間の公平性をどう考えていくか。そのように考えると、やはり社会保障制度改革というのは、社会保障と税の一体改革でなければ本当の改革にはならないのではないか、とも思います。最後に社会保障制度改革を考える際に私の母校である慶應義塾の創設者、福澤諭吉の言葉はなかなか味わい深いと思いますので、ご紹介させていただきます。福澤は「学問のすゝめ」第七編で「国民というのは国の法律を守って国の中でその仕組みの中で生活する、という国の客としての役割もある一方で、同時に国民はその法律も含め国の仕組みをどうするかを決める主体であり、そういう面では国の主人でもある」ということを言っております。福澤の「主客」という観点、国民は社会保障の客でもあり、主人でもあるのだということを国民一人一人自覚することはとても大切だと思います。また福澤は「文明論之概略」の中で「智」というものを、ものごとを正確に理解できるという意味の「私智」と、大切なものは何かを分別することのできるという意味の「公智」の二つに分け、両方とも大事だけれども何よりも大事なのは「公智」であると言っています。社会保障制度改革を考える際にも、より大切なものは何かを判断する「公智」はとても大切です。
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