アルゼンチンの債務再編と今後の債務問題の展望 48 ファイナンス 2023 Apr.(2) パリクラブが長年の歴史の中で開発し、活用してきた債務再編メソドロジーや考え方、例えば、IMF conditionalityとパリクラブの債務再編をリンクさせ、返済可能性を高める方法や、柔軟なcomparabilityの査定方法等は、現在でも有効に機能しており、今後の債務再編のケースでも引き続きこれらを活用していくことが期待される。(3) 各メンバーそれぞれ個別の事情や制約がある中、パリクラブは、必要に応じて、ケースバイケースの柔軟な対応を採用し、現実的な解を見出している(「ケースバイケースの原則」)。意見の相違を乗り越え、債務再編を成功裡に纏めるカギとして、こうしたpragmaticなアプローチが有効に機能している。このように債務再編が想定通りに進まなくなる事態を回避するためにも、パリクラブだけでなく、非パリクラブ債権国も巻き込んだ、マルチの債務再編を進めることが必要である。今般のアルゼンチンのケースを振り返り、今後、公的二国間債権者がマルチの枠組みで効果的に債務再編を実施していくにあたってのヒントを検討したい。アルゼンチンのケースを通して、交渉に参加した自分自身が感じた点を挙げると、以下の通りである。(1) 伝統的な債権者の集まりであるパリクラブは、構成メンバーが債務再編に関する共通の価値観や問題意識を共有し、債務再編プロセスやメソドロジーにも慣れ親しんでおり、更に言うと、互いの信頼関係をベースとした交渉を進められるため、非パリクラブ国を交えた会議体で交渉した場合に比べると、議論は圧倒的に効率的で、とにかく話が早い。2020年11月、G20及びパリクラブは、債務再編における債権者間協調の新たな枠組みとして、「債務措置に係る共通枠組(Common Framework for Debt Treatments)」に合意した。中国等の新興債権国を含むG20が合意したという点で、大きな意義が認められる枠組みである。現在、この枠組みに基づき、「G20」もしくは「パリクラブ」、あるいはその両方に所属する債権国が、債務再編を要請した低所得国ごとに債権者委員会を組成し、それぞれの債務再編の議論を行っている。各債権者委員会において効率的かつ迅速に債務再編プロセスを進めるには、アルゼンチンのケースで見たように、パリクラブが長年積み上げてきた知識や解決方法を有効に活用できるかどうかにかかっている。例えば、中国等の新興債権国も、それぞれ個別の事情や制約を抱えているはずで、パリクラブのようにケースバイケースで柔軟に対応していくpragmaticなアプローチを債権者委員会で採用していくことは、彼らにとっても歓迎されることである。また、パリクラブが理念としている公平な負担や「comparabilityの原則」はもとより、パリクラブの多くのメソドロジーが債権回収の最大化に寄与し、各債権国自身のためになる、ということを、非パリクラブ国が理解すれば、パリクラブのプラクティスを個別の債権者委員会に広げていくことは、本来、それほど難しい事ではないと考える。骨が折れるのは、債権者委員会のメンバー間の信頼の醸成だろう。債権回収の最大化が共通ゴールとはいえ、長年「クラブ」メンバーとして連れ添ってきたパリクラブの如く阿吽の呼吸で交渉を進めることは、非パリクラブ国にとってはそれなりにハードルが高いことのように思われる。他の債権者委メンバーを信じて、自分の国が抱える焦げ付き債権の実態を透明性高く交渉のテーブルに載せ、他のメンバーと一蓮托生で交渉を進めた方が、実は自分自身のためになる、という成功体験を積む必要がある。この信頼が中々醸成されず、逆に債権額の大きい自分だけが過度な負担を負わせるのではないか、自身の債権をつまびらかにすることで何らかの不利益を被るのではないかとの猜疑心が付きまとえば、パリクラブのような迅速な債務処理は行えない。パリクラブは、約70年の歴史の中で築き上げてきた強みを、「共通枠組」の下での債権者委員会やアドホックな債権者の協調の枠組みに広げることが極めて重要な課題となっている。
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