ファイナンス 2023年4月号 No.689
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アルゼンチンの債務再編と今後の債務問題の展望 ファイナンス 2023 Apr. 47合意までに16時間超議長が、何度目かの対案を、アルゼンチン政府代表団に示すために会場を退出した頃には、既に日が暮れ、夕食をとるには少し遅すぎるくらいの時刻となっていた。次の債権国間の打ち合わせまでに小一時間は空きそうだったので、日本代表団だけで一旦外に出て、深夜まで営業しているカフェレストランで軽く飲食を済ませた。前日の東京発のフライトで渡仏し、日が暮れてからパリ入りしていた自分の体内時計は東京時間のまま。パリで夕食を終えた頃は、東京では深夜未明にあたり、体力的にも辛く思考能力にも影響が出る。深夜0時をまわるころには、頭が痛くなり、鎮痛薬を服用しながら交渉にあたった。今回の交渉でアジ毎年の返済額については、なるべく緩やかな返済スケジュールを希望する債務国と、返済能力があるうちになるべく早く多く回収(frontload)したい債権国との間で隔たりが生まれるが、この点についても、IMFからの情報に基づき、毎年のアルゼンチンの非パリクラブ国への支払状況を把握の上、可能な限りfrontloadingを実現させ、決して非パリクラブ国より不利な取扱いとならないスケジュールとすることに成功した。この他、アルゼンチンからはパリクラブが求める必要な情報を定期的に報告することや、アルゼンチンが万が一にも合意の取極めを履行しなかった場合の取扱いについても、合意議事録に盛り込むことで合意した。なお、comparabilityの検討にあたっては、金利と毎年の返済額だけでなく、非パリクラブ国が既に実施した(あるいはこれから実施する予定の)債務再編による貢献や、非パリクラブ国による新規の資金供与によるキャッシュフロー面での貢献(これにより、債務国の財政支出能力向上や外貨準備の増加に寄与)等についても、総合的に勘案した。今回の交渉では、どの部分に着目しても、アルゼンチンの持続可能な支払いが確保される範囲で、アルゼンチンから最大限の譲歩を引き出し、債権国として取りたいものを取り、非パリクラブ国に比べて決して不利にならないどころか、全体としてむしろ有利な条件で合意することができた、と評価することができる。他のパリクラブ債権国もこの結果を高く評価している。アから参加したのは日本だけで、長時間フライトも時差ボケもない欧州諸国のメンバーに比べると、日本はかなり不利な環境に置かれる。他国のメンバーは、疲れ気味の私にチョコレートをくれたり、一緒にコーヒーを飲みながら談笑したり、リフレッシュに付き合ってくれた。深夜に入り、交渉は最終の詰めの段階。その後、ようやくアルゼンチン側と先述の合意に漕ぎ着け、午前4時過ぎには、合意議事録に各国が署名する最終ステージへと進むことができた。パリクラブ事務局のフランス人職員が合意議事録をもって、各債権国の席を順番に廻ってくる。各国代表全員が合意文書への署名を終えたのは、午前4時30分過ぎ。東京は午前11時30分過ぎ。徹夜を挟んだ16時間を超える長丁場だった。今後、アルゼンチンがIMFから求められる政策を着実に実施し続け、パリクラブとの合意を履行していくことを期待する。アルゼンチンのケースから見える、今後の効率的な債務再編プロセスの■今回のアルゼンチンのケースは、アルゼンチンが、パリクラブに対して長年に渡って延滞債務を抱えていたものであり、“パリクラブとの間で”問題を解決することが必要な事例であったが、今後、債務国が返済不能に陥り、債務再編が必要となる場合は、パリクラブよりも非パリクラブ国が主要債権者として参加するケースが自ずと多くなるだろう。かつて公的二国間債権者グループとして主たる地位を占めてきたパリクラブは、今日、債権割合の点で、その存在感を低下させている。債権額が小さいパリクラブだけでは必要な資金ギャップが埋まらず、非パリクラブ国が債務再編の実施にコミットしなければ、IMF支援プログラムにすら駒を進められないだろうし、仮に進めたとしても、例えば、「comparability原則」が実効的に機能しない可能性が高い。即ち、パリクラブが合意文書に盛り込んだcomparability条項を根拠に、債務国に「非パリクラブ国とも同等の債務再編を実施すべき」と強く迫ったところで、債務国は相対的に債権額が小さいパリクラブの言葉よりも、債権額が大きく政治的にも経済的にも無視できない非パリクラブ国の言うことを聞いてしまい、約束を反古にされるリスクがある(もちろん、パリクラブとの合意内容も破棄されてしまうが)。

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