40 ファイナンス 2023 Apr.とができます。大統領拒否権が発動されると、議会が3分の2の多数で再可決しない限り、議会予算は成立しません。最近の例では、トランプ大統領が、移民政策として米国とメキシコの国境に壁を建設する予算を求めた際、議会はこの予算を盛り込まなかったため、議会予算に対して大統領拒否権が発動されました。これまで、政府閉鎖に陥った際には、混乱の責任がどちらにあると見られているか、世論の動向等を見極めながら、債務不履行とならないように両者の間で調整が行われ、最終的には債務不履行に陥ることは回避できました。しかしながら、予算を巡る両者の対立により予算成立が遅れ、政府機関を閉鎖する事態に陥ったことにより、社会経済が混乱することとなりました。このように議会予算案に対して大統領が拒否権を発動する事態は、大統領と議会の双方にとっても好ましいことではありません。このため、事前に大統領拒否権発動の可能性を示唆することにより、議会との間で調整することもあります。大統領は、議会で審議される予算案に大統領の主要政策のための予算が盛り込まれていない場合、仮に議会予算案が可決されたとしても、大統領は拒否権を発動する可能性を示唆することにより、議会からの譲歩を引き出し、双方の間で妥協を図ります。これを契機に、また、当時、ウォーターゲート事件で大統領に対する信頼が低下していたこともあり、予算に関する大統領と議会の関係を大きく変更する法律、1974年議会予算・執行留保規制法(以下、74年法)が制定されました。この74年法は、大統領による議会予算の執行留保を制限する規定しただけではありませんでした。これと同時に、議会自らの予算作成3.議会予算の執行留保とその影響1970年代始め、ニクソン政権下では、ベトナム戦争予算等を巡って大統領と議会が激しく対立していました。その際、ニクソン大統領は議会への対抗措置として、議会予算を数十億ドル規模でその執行を留保したため、その是非が裁判で争われることとなりました。裁判で、大統領側は、議会予算はあくまで予算の支出上限を議決したものであり、その全額を支払わなければならないものではないと主張しましたが、この主張は認められませんでした。することを可能とする組織を創設する規定等が盛り込まれました。74年法が制定される以前は、大統領予算案を作成する組織として行政管理予算局(Office of Management and Budget)がある一方、議会にはこのような組織はなく、議会は予算案を作成する際、その前提となる経済見通しや、現行法制度の下での歳出および歳入の中長期見通し、仮に議会予算案に新たな財政政策を盛り込んだ場合の歳入及び歳出に及ぼす影響等を計算することはできませんでした。このため、憲法上、議会は大統領予算案には拘束されないとはいうものの、実際にはマクロ的な財政政策については、大統領予算案をベースに議論せざるを得ず、個別歳出項目等の細目について修正するしかありませんでした。このような状況の下、予算編成権限を巡るニクソン大統領と議会の対立の結果、74年法により、議会が自らの予算案を作成し、またその前提となる経済見通しや、現行法制度の下での予算の中長期見通し等を作成する中立的な機関として、議会予算局(Congressional Budget Office)が設立され、米国議会の予算編成能力が飛躍的に向上することとなりました。また、予算編成手続きの面でも規定が整備されました。歳出委員会(Appropriations Committee)で、各省予算を個別に審議するに先立ち、74年法において、予算決議(Budget Resolution)が決定されることとされました。この予算決議では、議会予算全体の歳入、歳出及び借入金といった予算フレームが定められるとともに予算の中長期的な見通しが示され、議会のマクロ的な財政政策も定められることとなりました。この結果、74年法制定以前は、大統領と議会は予算の細目を巡って議論することが多かったのが、マクロ的な財政政策を巡っても政策論争が行われることとなりました。4.議会の多数派工作―イヤマーク大統領制を採る米国では、議会多数党と大統領は政党が異なることがあります。むしろ、大統領、上院、下院両院での多数党が全て同じである時期の方が短く、少なくとも上院ないし下院のいずれかの多数党が、大統領の政党と異なることが多く、予算成立のためには、野党対策が不可欠です。そのため、賛成票を
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