ファイナンス 2023 Apr. 392. 大統領による議会予算案の拒否による議会への対抗ハーバード大学国際問題研究所 客員研究員 森山 茂樹はじめに米国は、英国植民地統治下から、建国のスローガン「代表なくして課税なし」により独立した財政民主主義の国です。マクロ財政政策としての予算は、限られた資源を公的部門と私的部門の政治的な資源配分であり、政府の政策実施のため、国民から税等により財源を確保するものです。このため、予算編成には民主的なプロセスが不可欠です。米国予算制度においても、国民に選ばれた議会の権限が大きくなっています。また、議院内閣制の下、政府与党が一体となって予算編成を行う我が国とは異なり、大統領制の米国では、予算編成に際して、大統領と議会はお互いにチェック・アンド・バランスが働く関係にあります。このような背景から、我が国の予算制度と比較して、大統領制に基づく米国連邦予算制度には顕著な違いがあります。以下では、このような相違点に焦点を当てて、米国連邦予算制度を解説したいと思います。1. 憲法上の大統領予算案位置づけと議会の予算権米国会計年度は、10月から翌年9月末までのため提出時期(通常2月第1月曜日)は異なりますが、我が国と同様、米国予算も、行政府の長である大統領の予算案が議会に提出されることにより予算審議が始まります。我が国においては、憲法上内閣が予算を作成して国会に提出することとされています。米国予算も、大統領予算案の議会提出により審議が始まるため、米国も我が国と同様、大統領が予算編成権を持っているように思えます。しかしながら、米国憲法には予算作成に関する大統領の権限規定はなく、大統領予算案は、議会が予算編成をする際の参考情報との位置づけです。従って、議会は、大統領予算案に従う必要はなく、担当省庁からのヒアリングを行い、自らの議会予算案を作成します。こうして作成された議会予算案を可決し、大統領の署名を得ることにより、予算が成立することになります。このように、米国憲法において、大統領ではなく、議会に予算決定権を規定した背景には、英国統治下にあった米国が独立し、自らの憲法を起草した際、英国の状況を参考にしたことがあります。英国では、13世紀に大憲章が制定されて以来、課税権を巡って、国王と議会は対立してきました。従来、英国では、国王は所有する領地からの収入や国王としての特権等で必要な経費を賄っていましたが、17世紀には、戦争により資金が不足するようになりました。このため、英国王チャールズ1世は、議会の反対派を投獄し、必要な税収を確保しようとしましたが、結果的に清教徒革命を引き起こすことになり、議会の予算に関する権限が強化されることとなりました。米国憲法は、基本的に英国をモデルとしており、このような英国の状況を踏まえ、財政に関する権限は国民から選ばれた議会に与えられることとなりました。また、米国が独立する際、「代表なくして課税なし」をスローガンとし、財政民主主義を掲げたことからも、国の政策を実行するため必要な財政に関して、国民を代表する議会にその権限を与えたものと考えられます。それでは、大統領予算案の意味はなく、予算作成は議会に任せるしかないのでしょうか? 大統領が求める景気対策や国防に必要な予算が確保されない場合、どうなるのでしょうか? 大統領が重要だと考える政策に対して議会が十分な予算を配分しないような場合、大統領は、議会予算に対して拒否権を発動するこ米国連邦予算制度について―大統領と議会の権限とその対立関係―
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